
日韓潜水調査をしたダイバーの3人。右から金京洙、金秀恩、伊左治佳孝の各氏。(4月1日、坑口前で)

遺族の目前で潜水の準備をする3人のダイバー。

沖に2本のピーヤ(排気・排水筒)。
(社会新報4月24日号より)
山口県宇部市の海底炭鉱「長生炭鉱」で戦時中に起きた水没事故で、犠牲者の遺骨発掘・返還を目指す地元の市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(刻む会)」が4月1日から4日間、3回目の潜水調査を行なった。
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2日間は初の日韓共同調査。民間の地道な取り組みが国の外堀を埋めつつあり、7日の参院決算委員会では、社民党の大椿ゆうこ議員が「国はいかなる責任を果たすべきか、政府として判断していく」という首相答弁を引き出した。
刻む会は昨年9月、床波海岸近くの地中から炭鉱の入り口(坑口)を掘削。昨年10月と今年2月、水中探検家の伊左治佳孝さん(36)が坑口から潜水調査を実施した。遺骨は坑口から約300㍍沖付近にあると見られるが、手前の250㍍付近で落盤。今回は、韓国のダイバー、金京洙(キム・ギョンス)さん(42)、金秀恩さん(キム・スウン)さん(41)も加わり、その先のルートなどを探った。
水没事故は1942年2月3日朝に起きた。沖合約1㌔の坑道の天井が崩落。坑口は183人を残したままふさがれた。うち136人が朝鮮半島出身。長生炭鉱は法律で禁止された浅い層で操業し、危険な炭鉱として地元の人たちに敬遠されていた。当時は戦時下で、戦争遂行のため安全を度外視して増産が求められており、天井を支える炭柱まで取り払ったため落盤を招いたとされる。
刻む会が坑口掘り当て
刻む会は1991年の結成。2013年に慰霊碑を建立し、次の目標を遺骨の発掘・返還に据えた。戦時中の民間徴用者の遺骨については04年の日韓首脳会談を受け、毎年約1000万円の調査予算が計上されているが、一昨年12月の政府交渉で、厚生労働省は「(寺などに安置されている)見える遺骨だけが調査対象」と回答、海底の遺骨発掘は困難だとした。刻む会は民間の力で坑口を開けることを決断。日韓両国でクラウドファンディングを実施し、4㍍下の地中に埋もれていた坑口を掘り当てた。
潜水調査は伊左治さんの協力で大きく前進した。閉鎖環境での潜水調査などに取り組む世界屈指のダイバー。韓国の2人も世界トップクラス。伊左治さんとは沖縄の海底大規模鍾乳洞調査で活動した仲間で、「遺骨を家に返してあげたい」と参加したという。
4月1日、3人は坑口から潜水。崩落地点の250㍍付近の奥へ抜ける可能性を探り、2日目も坑口からの潜水調査が行なわれたが、前日よりもさらに水が濁り、発見には至らなかった。坑道内は構造物が入り組み、ジャングルジムを乗り越えていくような個所がいくつもあるという。
メディアの関心が希望
金京洙さんは「心残りはあるが、2、3回では成果は出ない。継続する必要があるし、次回も呼んでいただければ最善を尽くしたい」。金秀恩さんも「視野がとても悪く手探りだった。次の機会があればいつでも力になりたい。こんなにフラッシュを浴びてびっくりしたが、メディアの高い関心が希望だ」と話した。
沖のピーヤから調査を
3日は伊左治さんが単独で坑口から、最終日の4日は300㍍沖の排気・排水塔(沖のピーヤ)から調査した。沖のピーヤは遺骨があるとされる地点にも近く、伊左治さんは「いま最も遺骨に至る可能性と安全性、確実性があるのはピーヤだとはっきりした」と説明した。刻む会は伊左治さんによる次回6月の調査を前に、ピーヤ内部に折り重なった鉄管などをクレーン船で除去するため、700万円を目標に新たなクラウドファンディングも実施する。「たくさんの困難はあるが、韓国のお2人に、伊左治さんと継続して潜水していただくことを約束してもらい、大きな希望をもらった。市民がこうして努力していく姿こそ現実主義。国が動くよう全力で働きかけたい」と刻む会の井上洋子共同代表。
一方、今回、日韓共同調査を現地で見守った大椿議員が7日の参院決算委員会で、石破茂首相に質問した。首相は刻む会の取り組みを「尊いこと」とし、「必要があれば現場に赴くことも選択肢」「国としてどういう支援を行なうべきか政府の中で検討したい」と答弁した。刻む会は22日、厚労省と外務省の担当者との意見交換会に臨む。