社会新報

【被爆81周年 原水禁世界大会】核も戦争もない平和な21世紀に! ~ 被爆の実相を語り継ごう

広島大会には2000人が参加した。(8月4日、広島市)

長崎大会の開会総会。(8月7日、長崎市)

 

 

被爆81周年原水爆禁止世界大会が「核も戦争もない平和な21世紀に!」をスローガンに掲げて、8月4日から6日まで広島市、8月7日から9日まで長崎市で開催された。

広島大会の開会総会

広島大会は4日、平和公園を出発した「折り鶴平和行進」の後、広島県立総合体育館で全国から約2000人が参加して開会総会が行なわれた。
主催者を代表して金子哲夫大会共同実行委員長が開会あいさつを行ない、「核兵器保有国などによる、市民に犠牲を強いる全ての軍事行動を直ちに停止するよう強く要請する」と国際社会に訴えた。
続いて松井一實広島市長のメッセージが代読され、「広島市は核抑止力に依存する為政者に対話を通じた信頼関係に基づく安全保障政策への転換を促す」ために平和市長会議と市民レベルでの交流を推進していくことが示された。
福島県平和フォーラムは「被災者の避難生活は今も続き、生活再建・健康保障で取り残されている」と指摘。被害者を置き去りにしながら原発推進にかじを切る東電と政府を厳しく批判した。続いて「被爆者の訴え」として胎内被爆者の畑口實さんが登壇。母から聞いた被爆体験を語った。母は被爆直後の広島市内に入り、父を捜索したが、懐中時計などの遺品が発見されたのみだったと、母の悲惨な経験を語った。
その後、高校生平和大使の活動報告と高校生1万人署名が活動を紹介。「被爆の実相や核兵器の危険性を訴えていく」と表明した。
その他、海外からのゲストスピーチがあり、谷雅志事務局長が原水禁世界大会の基調報告を行なった。
最後に秋葉忠利元広島市長が閉会あいさつ。「核拡散が進行するなか、それを止めるというわれわれの運動の役割は重要性を増している。被爆100年に当たる2045年までに核廃絶を実現しよう」と力強く語った。広島大会は5日の分科会とフィールドワーク、6日のまとめ集会まで、全日程を無事終了した。

長崎大会の開会総会

長崎大会の開会総会が7日、長崎市で開催された。7月28日に発生した熊本地震の影響で参加を見合わせた人が多く、昨年より少ない約750人が参加した。
主催者の染裕之大会共同実行委員長があいさつ。「広島と長崎に原爆が落とされて81回目の夏を迎えた今、日本の平和主義の根幹が揺らいでいる」と語り、「非核三原則の見直しや、核保有を検討すべきといった発言が首相や閣僚から出ている」と厳しく批判した。そして「日本国憲法の人権条項は非常に大切な権利。自分たちの持つ権利を意識し、考え、行動する姿勢を持つことが大切」と訴えた。
鈴木史郎長崎市長は、「長崎市民の平和への思いを共有し、核兵器廃絶を求める行動の輪を広げ、未来につなげていこう」と述べた。
また、海外ゲスト代表として韓国・参与連帯のイ・ミヒョンさんも「長年培われてきた反核平和の精神が、各国の政治の現場で実践されることを願う」と強調した。
川野浩一大会共同実行委員長は、「原爆がさく裂した瞬間、私は15㍍ほど吹き飛ばされ、近くにいた人は顔が血だらけとなっていた。その後、自宅の防空壕に避難したが、祖母が浦上方面から避難してきた人たちを『まるで幽霊のようにボロボロだった』と話していた」と、自らの体験談を語った。続いて、全国から集まった第29代高校生平和大使と韓国から来日した高校生2人、高校生1万人署名運動のメンバーなど、約100人が登壇し、核廃絶に向けた決意を語った。
最後に谷雅志大会事務局長が基調提案を行ない、「日本国内と世界のヒバクシャとつながりながら、核のない世界を希求し、各地の日常における原水禁運動に生かしていく」とまとめて、開会総会は終了した。
9日には閉会総会が開かれ、950人が参加した。川野委員長が参加者に感謝の言葉を述べ、高校生平和大使らが再登壇し、「私たちは微力だが無力ではない」と決意を語った。
なお、閉会総会終了後、爆心地公園に向かう平和行進の参加者に向け、社民党の福島みずほ党首とラサール石井幹事長、西尾慧吾政審会長らが、激励のエールを送った。