(社会新報5月8日号より)
「台湾有事」を起こしてはならない。しかし、3月の日米防衛相会談でヘグセス米国防長官は「台湾有事」などを念頭に置きながら、「日本が最前線に立つ」と強調した。トランプ政権の対中国軍事戦略の先兵に自衛隊を立たせようとしているのか。ヘグセス国防長官発言の真意は何か。日米防衛問題を鋭く取材してきた、防衛ジャーナリストの半田滋さんに寄稿していただいた。
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日本は「捨て駒」にされるのだろうか。
就任後、3月に初来日した米国のヘグセス国防長官は中谷元防衛相との会談後の共同記者会見で、トランプ政権は「米国第一」であり、「力による平和」を目指すことを強調。続いて「米国は、台湾海峡を含むインド太平洋において、抑止力を維持することにコミットしている。日本は、西太平洋で直面する可能性のあるあらゆる不測の事態の最前線に立つ」と述べた。
米国は台湾有事が起きないよう抑止力を発揮している、いざというときは日本が最前線に立て、というのだ。ちなみに「捨て駒」とは、物事を達成するために払われる人的犠牲のこと。「身代わり」「いけにえ」と言い換えてもいい。
ヘグセス氏は訪日より先にあった欧州訪問で、北大西洋条約機構(NATO)の欧州諸国は十分な国防費を負担せず、米国の軍事力に依存していると強く非難。国防費の増額を求めた。一方、日本に対しては防衛費増額の要求はなく、一部で中止が報道されていた在日米軍を「統合軍司令部」に改編する計画も従来どおりとした。
トランプ大統領はウクライナ戦争やイスラエルとイスラム原理主義組織ハマスとの休戦について、たびたび言及しているが、台湾有事をめぐる発言は「中国に150%から200%の関税を課すつもりだ」と述べる程度にとどまっている。
政権の関心は欧州や中東にあり、アジアにはないようにみえるが、ヘグセス氏の態度は真逆といえる。これはどうしたことだろうか。
対中国ペンタゴンメモ
その疑問への回答となるのが、3月29日の米紙ワシントンポストの記事だ。「中国に関する秘密のペンタゴンメモ」との見出しで特報した。ペンタゴンメモとは、3月中旬、国防総省内で配布された秘密文書「暫定国防戦略指針」のことで、ヘグセス氏の署名があるという。
配布されたヘグセス文書には「中国が国防総省にとって唯一の脅威であり、中国による台湾の奪取を否定し、同時に米本土を防衛することが国防総省の唯一のシナリオである」と書かれ、さらに「戦争を想定した計画を立てる場合は、中国との争いのみを考慮し、ロシアの脅威については、主に欧州が対応する」と米欧の役割分担を明記している。
ヘグセス文書は、中国による台湾侵攻の可能性を唯一の脅威と説明し、米国の強大な軍事力を欧州ではなく、対中国に集中させると主張している。
共和党重鎮がブレーキ役となった1期目と異なり、2期目のトランプ政権は自身の考えに従順な人物ばかり登用していることを考えると、ヘグセス文書はトランプ政権の安全保障政策を示したとみるのが自然だろう。その政策を反映したから、ヘグセス氏の態度は日本と欧州とで大きく分かれた。
だが、米国の対中国政策において日本が重要な役割を果たすことになるから「最前線に立て」と言われて、喜ぶ日本人がどれほどいるだろうか。
先島諸島「避難計画」は机上の空論
3月には自衛隊を統合運用する「統合作戦司令部」が発足し、在日米軍を再編した「統合軍司令部」も近く立ち上がるとすれば、日米それぞれに西太平洋の最前線で戦う司令部機能が整うことになる。
2024年4月の首脳会談で、日米は「指揮統制の連携強化」で合意した。それを具現化したのが前記の司令部だ。当時の岸田首相は「自衛隊のすべての活動は主権国家たる我が国の主体的判断のもと、憲法、国内法令に従って行われる。自衛隊と米軍がそれぞれ独立した指揮系統に従って行動する。これらに何ら変更はない」(24年4月18日、衆院本会議)と述べた。
実際に日米で「指揮統制の連携強化」を実行すれば、「主権国家たる我が国の主体的判断」は失われ、「憲法、国内法令」は無視される。つまり、憲法は空文化し、安全保障政策は米国に合わせざるを得ず、米軍と自衛隊は一体化することになる。
その場合、情報力、攻撃力とも圧倒的に勝る米軍の指揮下に自衛隊が入らざるを得ない。米軍の情報を頼りに自衛隊が敵基地攻撃をしたり、自衛隊の情報をもとに米軍がミサイルを発射したりする「武力行使の一体化」に踏み込むことになる。米国とは憲法も安全保障政策も異なる日本が「米国に飲み込まれる形」になっていいはずがない。
日本列島に安全あるか
政府は3月、台湾有事を念頭に沖縄県の先島諸島からの避難計画を公表した。約12万人を6日間で九州・山口の8県で受け入れる。計画では、避難先の宿泊施設はすべて空室という前提の上、1泊3食で7000円と相場の3分の1での受け入れを求めた。バス運転手が全国で約1万人も不足する中で、福岡空港などから宿泊施設まではバスで移動する。
内閣官房が作成した避難計画には「単純計算で6日で12万人の避難が可能」とあり、あくまで計算上の話だと逃げている。ほとんど実効性のない、「政府のやってる感」を示しただけの机上の空論である。
そもそもなぜ先島諸島だけが戦場になると言えるのか。現代戦はミサイルの撃ち合いから始まる。日本列島に安全な地域などあるはずがない。
政府は台湾有事の最前線に立つことを受け入れてはならない。台湾有事を引き起こさせない外交努力に全力で取り組む必要がある。