今年はらい予防法廃止から30年、同法違憲国家賠償請求訴訟判決から25年の節目である。
「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」に当たる6月22日、厚生労働省で追悼式典が挙行され、福島みずほ党首とラサール石井幹事長が参列した。わが国のハンセン病隔離政策は1907年の「癩(らい)予防に関する件」制定により始まり、31年の「癩予防法」制定により、全患者の強制隔離収容が国策となった。
憲法施行後の53年、同法は「らい予防法」に改定されたが、強制隔離収容や、療養所長が規律に違反した患者を処分できる懲戒検束権は維持され、同法は96年まで廃止されなかった。
2001年に熊本地裁は、隔離政策の抜本的変換を怠った厚生大臣の職務行為と隔離規定を改廃しなかった国会議員の立法上の不作為につき、国家賠償法上の違法性と過失を認めた。
追悼式典には、ハンセン病隔離政策の対象とされた元患者やその遺族・家族のほか、厚生労働相・法務相・文科相・衆参両院議長らが出席したが、首相の直接の参加はなく、官房副長官がメッセージを代読するにとどまった。らい予防法が内閣提出法案であることを踏まえると、違憲立法をした内閣の責任は重く、首相本人の出席は必須であったはずだ。
厚労省によると、全国に13施設ある国立ハンセン病療養所の入所者総数は今年5月時点で551人、平均年齢は89・2歳となっている。現下の課題は、入所者の最後の一人まで十分な生活環境を保障すること、そして入所者が不在となった後も、差別的な国策の実相を後世に伝える教育・啓発の場として、国の責任で療養所全体を永続化させることである。
療養所の将来構想の策定にあたっては、療養所所在自治体に加え、違憲国賠訴訟全国原告団協議会、全国ハンセン病療養所入所者協議会、家族訴訟原告団、全国弁護団連絡会で組織される統一交渉団との十分な意見交換が求められる。
ハンセン病患者とされた男性が隔離先の特別法廷で死刑判決を受けた菊池事件の再審も求められる。憲法に違反した特別法廷という手続で下された判決は無効とすべきである。
ハンセン病隔離は国策であったとはいえ、「無らい県運動」を担った地方公共団体、また差別政策を支えた市民の責任も大きい。社会全体で歴史を検証することが必要である。(2026年7月16日号より)