(社会新報4月10日号より)
市民団体「柏崎刈羽原発再稼働の是非を県民投票で決める会」(請求代表者は水内基成弁護士など)のメンバーが3月28日、新潟県の花角英世知事と県庁で面会し、県民投票条例に賛成意見を付記するよう要請した。
メンバーら8人は「14万筆は県民投票に賛成している人の一部にすぎない。活動が届かなかった人もいる。重みを感じてほしい」と訴えた。これに対し、知事は「法令に従って知事の意見を付すことになっている。思いをしっかり受け止め、私なりの考えをまとめていきたい」などと答えた。今回の直接請求署名数は法定数約3万6000のおよそ4倍近くもの数であることを、知事は真摯(しんし)に受け止め、賛成意見を付すべきだろう。
一方、同日、柏崎エネルギーフォーラムなど柏崎刈羽地域の経済5団体の関係者も県知事と面会し、再稼働の是非は県議会で判断するよう求めた。
団体関係者は「再稼働に関する決定は非常に専門的で、一般の県民が十分な知識を持って判断するのは難しい」と主張した。
面会で出席者からは「(県民投票は)感情的判断に陥りやすい」「知事や議員が冷静に議論を重ねた上で決定されるべきだ」との意見が出された(3月29日付『新潟日報』)。
この地元の経済団体関係者の発言は完全に誤っている。まず、「再稼働に関する決定は非常に専門的で…」の部分に関して言えば、新潟県民は東電の2002年の「トラブル隠し事件」発覚以来、これまで20年以上もの間、東電の不祥事を見てきて、「専門家」以上に、柏崎刈羽原発について、さらには東電の原発運転の適格性について、十分な知識を持っている。県民を見くびってはいけない。加えて「専門家」なる者たちが、「原子力ムラ」を構成し、「原子力神話」をつくり出し、あの福島第1原発過酷事故を引き起こしたのではなかったか。「県民投票は感情的判断に陥りやすい」という声についても反論したい。「感情」がなければ、他人の苦しみ・悲しみに共感できないのではないか。福島のふる里を失った多くの人たちへの共感なしの「冷静な議論」とは何か。
県民投票条例制定の可否を決めるための臨時県議会は4月16〜18日に開催される予定だ。「専門家」ではなく一般県民が原発再稼働の是非を判断できるよう、県議会は条例制定を可決するべきだ。