7月17日、参院本会議で、改正皇室典範が成立した。
当初掲げた与野党の幅広い合意という前提は崩れ、社民、立民、共産など5会派が反対し、賛成会派からも退席や造反があった。当初は皇位継承問題を先送りして、皇族数確保に限ることで全会派の合意を目指すとされていた。
しかし始まってみたら、国会での「総意」取りまとの段階で野党の声を無視し、改正案をつくる段階ではその「取りまとめ」すら逸脱した。衆院の3分の2を超す数の力を背景にした「だまし討ち」にほかならない。審議時間も衆参合わせて6時間ほどにすぎず、あまりに拙速だ。天皇の地位を「国民の総意に基づく」と定めた憲法の規定に背く。
具体的な内容は、①女性皇族が結婚後も皇族身分を保つことを可能にする②1947年に皇籍離脱した旧11宮家の男系男子を養子に迎える制度創設ーーの2点だ。皇族にとどまった女性皇族自身は身分を保持するが、その夫や子は一般国民のまま。養子となった男系男子の子が男子なら皇位継承資格を持つとされた。
女性皇族が皇族にとどまったとしても、家族の中に身分の差があっては従来の家族一体の「公務」は不可能だ。現在の皇室との血縁関係が非常に遠く、約80年も離れていた旧11宮家からの養子が国民の敬愛を得られのかも疑問。批判が噴出しているのは当然だ。
そもそも戦前の絶対主義天皇制下で「神」とされ、少なくとも形式上の戦争責任を全面的に負う昭和天皇が罪に問われず、天皇の座にとどまれたのは、日本統治に天皇を利用しようとした米国の政治判断によると考えられている。天皇が「人間」を宣言し、新憲法が天皇を「象徴」に位置付けたことが、これを支えた。それでも門地による差別を禁じた憲法14条と矛盾するとの批判は強い。明仁天皇(上皇)も徳仁天皇(現天皇)もこれ踏まえた上で、政治と距離を置き、徹底した平和主義を貫いて、国民に寄り添う「象徴」天皇像をつくり上げてきたはずだ。
「男系男子」にこだわる保守イデオロギーが国民の総意とはとうてい思えない。世論は明らかに女性天皇を支持している。正体不明の「養子」に皇統を移すくらいなら、制度としての天皇制の存在自体を見直すべきではないか。右派におもねり、天皇制の政治利用をする高市首相こそが、皇室の存続を脅かしている。それを最も憂慮しているのは天皇自身だろう。(7月30日号より)