社民党の福島みずほ党首は、フランス文学者で神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんと新春対談を行なった。2024年の出来事を振り返りつつ、25年の政治や市民社会はどうあるべきかについて語り合った。
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福島みずほ党首 内田さん、明けましておめでとうございます。2024年は大変な年で、衆議院選挙で与党が過半数割れをし、米国大統領選挙でトランプ氏が圧勝し、師走には韓国で非常戒厳が宣布されるなど、すさまじいことになりました。内田さんは昨年をどう見ましたか。
内田樹さん 米国もロシアも中国も、世界史的なスケールで物事を考えられる人がいなくなってしまった感じがします。以前は一応、かたちだけでも世界史的な大義名分を語れないと一国の指導者にはなれなかった。ところが今や、「自国さえ良ければそれでいい。他国が国際法違反をしようと、人権を無視しようが、あずかり知らない」と平然と言い放つ人が一国の指導者に選ばれてしまう。
政治家自身の知的・倫理的な劣化が進んでいるし、そういう人を選ぶ有権者もシンクロして劣化しています。人間ってなかなか進歩しないなあと、気落ちしますね。
韓国民主主義のダイナミズムに学ぶ
福島 そうですね。救いがあるとすれば、韓国で尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が非常戒厳を宣布したけれど、それに即座に多くの国会議員や市民たちが対抗して解除させたこと。やっぱり韓国民主主義のダイナミズムは注目すべきですね。韓国の市民や国会議員の瞬発力と持続力と胆力を見習いたい。
内田 韓国の記者も指摘していましたが、戒厳令が短時間のうちに解除されたから軍と市民の間で流血の惨事が起きなかったけれど、解除までもう少し長い時間かかっていたら、偶発的なアクシデントは起こったかも知れない。ですから、戒厳令を2時間半で解除に持ち込んだ韓国の民主主義は大したものだと思います。あれを見て、日本の人たちが「成熟した民主主義というのはこういうことができるんだ」と気付いてくれるといいですね。
危険な「緊急事態条項」は韓国の「非常戒厳」と酷似
福島 日本の場合、与党や日本維新の会、国民民主党が改憲案として盛り込んでいる「緊急事態条項」は、非常に危険なものですね。
内田 「緊急事態条項」に関しては、この機会に、韓国の戒厳令と同じようなものだという理解が進むといいと思います。日本国憲法の枠内で独裁制を実現するための法整備ですから。
福島 緊急事態が宣言されれば、内閣は法律と同じ効力を持つ政令を国会を通さずに作れるから、勝手にどんどんと基本的人権を制限する政令が強行されてしまうという条項ですからね。2025年の日本と世界について、内田さんはどう思われますか。
内田 ウクライナやガザでの戦争は収束する見込みが立っていません。簡単に理非を決することができない紛争だから終わらない。日本にできるのはとにかく「対話」の機会を提供することに尽くされると思います。米国であれロシアであれ中国であれ、大国が暴走しそうな時に「しばらく」と割って入って「止め役」になることですね。それ以上のことは日本にはできないと思います。ことの筋目を通す、国際法に違反しない、人権侵害をしない、困っている人がいたら、その属性にかかわらず支援する そういうつつましい国家目標を掲げる国が一つぐらいあってもいいのではないかと思います。
福島 私は国会で、「ガザでイスラエルが病院や学校を爆撃しているのは明白な国際法違反だ」と、岸田文雄前首相に何度も質問したのですが、「病院を攻撃してるかどうか分からない」と言い訳を繰り返すばかりでした。筋目を通すことは大事ですよね。2025年には参院選がありますが、これについて内田さんはどう考えますか。
内田 いま手弁当でやっている小さなメディアがどれぐらい世論形成に関与できるかですね。オールドメディア、特にテレビにはもう政治的な新しいトレンドをつくる能力はなくなりましたが、独立系のメディアは頑張っています。鈴木エイトさん、横田一さん、尾形聡彦さん、津田大介さんといったジャーナリスト個人の発信力が高まっていることに僕は希望をつないでいます。これから特に重要なのは「マジョリティ(多数者)に幻惑されない」ことだと思います。
福島 もう少し解説して下さいますか。
マジョリティをめざなくていい
内田 民主主義では選挙で多数を取った側の政策が優先的に施行されるわけですから、どうしても「マジョリティを得る」ことを気にします。でも、選挙でマジョリティを得たことはその政策が適切であることを意味しません。ろくでもない政策が圧倒的な民意を得たことなんか歴史上何度もあります。だから、マジョリティを目指すことよりも正しい政策を提起することの方がずっと重要です。今は自分たちの政策に同意してくれる人が多数派でなくてもいい、自分たちの思いを情理を尽くして語り、理解者を1人ずつ増やしていくこと。それが長期的には日本の有権者の知性と理性を底上げしていくことになると思います。
マジョリティを目指すというのは「民意に迎合すること」です。そんなことはする必要がないと僕は思います。民意はしばしば誤りを犯します。だからこそ俗耳に快いことではなく、適切と信じる政策を愚直に語り続ける。道行く人の袖をとらえて「お願いです。私の話を聞いてください」と懇請する。それでいい。
最優先のイシューに集中すること
それから、お願いしたいのは、政策の優先順位をつけることです。政治的なイシュー(課題)を全部並列して総花的になりがちですけれども、人間の注意力はそんなに一度にいくつものイシューを処理できません。最優先のイシューに集中してゆくことが必要です。
福島 優先順位で言えば、私個人としては、「戦争を止めたい」ということになります。だけど、世の中全体を見れば、ものすごく疲弊している人々の生活をどう支えていくか。これが最優先だと思いますね。
内田 戦争はたぶん日本では今すぐには起きないと思います。でも、国内的な問題が戦争という「出口」に向かってあふれ出ないようにすることが必要ですね。若い人たちがお金のことを心配せずに学業に集中できる環境を整えることが長期的には一番大切だと思います。日本の将来に関わることなんですから。軍備増強よりはるかに優先順位の高いことです。
■ふくしま・みずほ 1955年、宮崎県生まれ。社民党党首。弁護士で参院議員(5期目)。社会主義インターナショナル副議長。内閣府特命担当相、学習院女子大学客員教授を歴任。フランスから国家功労勲章受章。
■うちだ・たつる 1950年、東京都生まれ。フランス文学者。武道家。東京大学文学部仏文科卒業。神戸女学院大学名誉教授。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞などを受賞。