高齢化が進行する二一世紀においても、世界に冠たる皆保険制度を維持し、国民に安心で良質な医療提供体制を確保していくことが、いまや国民的な緊急の課題である。
その一方で、これまで例を見ない急速な人口の高齢化、医療の高度化などによって、医療費は増大の一途をたどっており、このまま放置すれば二一世紀初頭には医療保険制度が破綻してしまうことは明らかである。
患者負担や保険料負担などによって国民に負担を求めることもさることながら、同時に限られた医療資源に無駄がないか、効率的であるかとの観点から、国民の立場に立った医療提供体制と医療保険制度の両面に亘って抜本的改革に着手することが急務である。
自由民主党、社会民主党、新党さきがけの与党三党は、先の国会で当面の保険財政建て直しのため、健康保険法の改正を行い、九月から施行の運びとなっている。
これに先立って、単に国民負担をお願いするだけでなく、二一世紀の国民医療のあり方について基本的な方向性を提示し、国民の理解を求めるものである。
この指針の策定に当たっては、まず国民の医療に対する不満や不信を解消し、国民及び患者の立場に立った開かれた医療を実現するため、医療における情報公開の推進と透明性の確保を図ることとしている。
次に、三時間待ちの三分間診療や医師による適切な説明と患者の理解に基づく医療といった課題を解決するとともに、医療に携わる人たちが生きがいと誇りをもって地域医療に取り組むことができるようにするため、医療提供体制、薬価制度、診療報酬体系を抜本的に見直すこととした。
さらに、少子高齢社会を迎えて、増大する一方の高齢者の医療費を老いも若きもすべての国民が公平に支える制度を確立するとともに、予防、健康増進から治療まで、生涯を通しての総合的な国民医療の実現を目指すものである。
これらの抜本的改革は、行財政構造改革の一翼を担うものであり、今後の社会保障改革の第一歩を踏み出すものであるが、与党三党は政府と一体となって国民福祉の一層の充実のために、その役割を果たす決意である。
抜本改革の実施は平成一二年度を目途とするが、可能なものからできる限り速やかに実施する。新しい高齢者医療保険制度については、介護保険制度の導入状況をも踏まえて、できるだけ速やかに実現する。
また、医療保険制度の新たな患者負担のあり方については、この抜本改革の成果を見極めつつ、検討する。
保険財政が逼迫しているという観点で医療提供体制を単に統制するのではなく、必要な地域医療を確保しながら、限られた医療資源の効率的活用を図る。
また、患者の立場を尊重し、患者と医療従事者との信頼関係を維持しながら、医療における情報公開を推進し、国民の選択によって良質な医療が提供される体制を目指す。
さらに、医療内容の説明不足など、国民の医療に対する不安や不満を解消し、国民が安心できる医療提供体制を確立する。
これによって、活力ある地域医療を実現する。
○医療の現場において、医療従事者による適切な説明と患者の理解に基づいた医療(インフォームド・コンセント)の徹底を図る。そのため、関係者の一層の教育、啓発など必要な施策を推進する。
○患者と医師、歯科医師との信頼関係を深めるため、プライバシーに配慮しながら患者に対してカルテやレセプトの情報の開示を推進する。
○医療現場における患者の苦情や相談に対応するため、病院内に患者・家族に対しての相談窓口を設ける。なお、これを病院機能評価事業の対象とする。また、都道府県においても、保健所や地域医師会などに相談窓口を設ける。
○病院における個室化や食堂の配置など療養環境の改善を図る。
〔保険者機能の強化〕
○保険者は、被保険者の立場に立ってその機能を強化し、制度運営の安定化のため、レセプト審査などの充実を図る。
また保険者に相談窓口を設けるなど、良質な医療サービスの確保を目指す。
○地域住民が身近な地域で、かかりつけ医機能(プライマリー・ケア)を担う医師、歯科医師から適切な医療サービスを受けるために、その専門分野を明示できるように広告規制を緩和する。このため、専門医については、学会において認定基準の統一化、明確化を図る。
○質の良い効率的な医療サービスを提供するため、第三者機関による病院機能評価事業の一層の充実、普及を図り、できる限り評価事業の内容を公開する。
○保険医療機関などにおける医療費明細書の発行を促進する。
○医療行政の透明化を図るため、中央社会保険医療協議会その他医療関係の審議会は公開する。
○一世帯に一枚ずつ交付されている被保険者証に代わって、家族がそれぞれのカードを持つ、個人カードとする。なお、カードには、本人の同意を得て、病歴、診療歴などを記録することによって、健康づくりの意識を高めるとともに、医療機関間の相互活用、重複検査や過剰投薬の是正などを図ることを検討する。
○医療機関の機能分担を明確化し、病院と診療所との連携を推進するとともに、かかりつけ医機能を担う医師、歯科医師の育成・普及を図る。これによって患者が適切な医療機関を選択できるようにする。
○大病院への患者の集中を是正するため、外来については原則として紹介とし、入院医療に重点を置く。
○かかりつけ医機能を担う医師、歯科医師を支援するため、病床や高額医療機器などの共同利用などを担う地域医療支援病院の体制の充実を図る。
○公私医療機関の機能分担と連携を図るため、地域の実情を踏まえて、国公立など公的病院のあり方や機能を見直す。
○救急医療体制を引き続き整備充実する。
○良質な医療を確保し、医療における規制緩和を図るため、医療従事者の人員配置基準及び構造設備基準を見直し、急性期病床及び慢性期病床(療養型病床群)にとってそれぞれに適したものとする。
○地域医療計画における病床数について、そのあり方を見直し、急性期病床と慢性期病床(療養型病床群)とそれぞれの必要病床数を決める。
○地域医療計画と老人保健福祉計画の整合性を図って、病床数の適正化を計画的に推進する。病院の開設許可のあり方を見直す。
○入院期間の短縮、社会的入院の是正などを図るため、看護体制の充実、退院時期を明確化させた診療計画の策定を推進する。在宅医療、訪問看護など在宅ケアの整備を進める。
○かかりつけ医機能を担う幅広い知識及び技能を有した医師の育成を図るため、医学教育や生涯教育の充実を図るとともに、医師の卒後の臨床研修を必修化する。これに伴い、医師免許制度及び国家試験を見直す。
○臨床研修中の医師については、その手当が支払われるよう必要な措置を講ずるとともに、指導体制の充実を図る。
○歯科医師の臨床研修についても、医師の臨床研修の見直しと同様の方向とする。
○医学部及び歯学部の入学定員は、需給調査の結果を踏まえて、その適正化を図る。
○薬剤師の資質の向上を図るため、薬学教育の六年制について検討する。
○看護体制などの充実を図るため、看護婦など、医療マンパワーの適正な養成確保と資質の向上を図る。
○母子、老人、学校、産業、地域などの各種保健事業を、予防医学を重視し、生涯を通じての総合的なシステムに再構築する。
医療における薬剤の占める割合が高いことが指摘されている。これは、薬価が高いことや、購入価格との間に薬価差が生じているため、薬剤使用量が増えていることなどが原因とされている。薬価差を原資とする医療経営から脱却し、技術中心の医療に変えていくため、現行薬価基準制度を廃止し、薬価差が生じない新たな仕組みとする。
これによって、医療における薬剤費の一層の適正化を進め、欧米並みの水準を目指す。
○従来の薬価基準は廃止し、原則として医薬品のグループごとに、市場実勢価格を原則として、医療保険から給付する基準額を定める給付基準額制度(日本型参照価格制度)を導入する。
○医療機関及び薬局が給付基準額を上回る価格で購入した医薬品については、その上回る額は患者の自己負担とする。また、給付基準額を下回る価格で購入した医薬品については、その購入価格で医療保険から給付する。
○グルーピングは、同一の成分又は薬理作用ごとのグループを基本とし、グループごとに一定の給付基準額を設定する。
○製薬メーカーが新薬開発の意欲を損なわないようにするため、特許期間中の新薬のうち一定の範囲の新薬については、成分ごとに給付基準額を設定する。特許期間が切れた医薬品については、同一の薬理作用ごとのグループとすることを基本とする。
○ただし、画期的新薬や希少疾病用医薬品については、原則として自由価格とする。
○給付基準額の設定は加重平均を基礎として検討する。
○グルーピングや給付基準額などを定める医学・薬学などの専門家によって構成する委員会を設置し、その手続きを透明化する。
○グルーピング、給付基準額、市場実勢価格などを公表し、医療機関、薬局及び卸売業者に対して薬価調査の応需義務を課す。また、医療機関及び薬局は、医薬品の購入価格などの情報公開、患者に負担を求める場合の説明及び明細書の発行を行う。
○医薬品の取引における仮納入・仮払いなどを解消する。医療機関及び薬局と卸売業者との取引時に、購入額を確定させるため、卸売業者の納入時における価格などを記載した伝票の発行、医療機関などにおける伝票の保存などの措置を講ずる。
○医薬品の安定的かつ効率的な供給を図るため、流通当事者間における自由で対等な取引関係の形成が進められるよう、流通近代化を一層推進する。
○後発医薬品の健全な市場の育成を図り、その普及を促進する。
○医薬品の品質の向上を図るため、専門性・透明性の高い厳正な医薬品の承認審査を確保するとともに、医薬品情報の公開を進める。
○臨床試験の信頼性、透明性の確保に努めるとともに、治験に関わる人材の確保・養成など、治験実施体制の充実を図る。
○新薬の審査体制の計画的な整備・充実を図ることを通じ、審査期間を欧米並みに短縮できるよう努める。
○医薬品などの副作用報告、市販後調査などによって医薬品安全性情報を的確に収集するとともに、インターネットなどを通じて医療関係者はもとより広く国民一般に医薬品安全情報を提供する体制を整備する。
○医薬分業を迅速かつ計画的に推進するため、医薬分業推進計画の策定、受入れ体制の整備、分業の担い手となる薬剤師の資質向上のための取組みを強化する。
○新たな薬剤給付基準額制度は、平成一二年度を目途に実施することとするが、可能な限り速やかに実施する。それまでの間、財政構造改革会議の結論を踏まえて現行薬価基準制度の下で、薬価差の縮小、既収載医薬品の再算定などによる価格の適正化などの措置を講ずる。
医学及び医療技術の進歩、高齢化の進展に対応し、地域医療の活性化と国民医療の質の向上を図るため、診療報酬体系を基本的に改革する。その際、「もの」よりも「技術」の重視、ホスピタルフィーとドクターフィーの明確化、医療機関の機能に応じた評価、急性期と慢性期の医療にふさわしい評価といった観点から、現在の体系を見直し、薬価制度の改革も踏まえて医療機関の経営の安定化と効率化を図る。
○技術料については、医師、歯科医師などの診療科の特性と技術の難易度を踏まえた評価をする。また、看護については看護必要度を加味した評価とする。
○一定の範囲内で医師及び歯科医師が特定療養費制度を参考にしつつ、その技術や経験が評価できる途を開く。
○医療材料価格や検査価格などの適正化、透明化を図るとともに、内外価格差の是正を行う。
○医療機関の設備投資・維持管理費用については、地域格差を反映させた評価を行う。いわゆるアメニティーなど医療周辺部分については、医療機関が施設利用料などとして患者から料金の支払いを受けることを原則自由とする。
○大病院は入院機能を重視し、外来患者の大病院への集中を是正するため、外来は原則として紹介とする。
○中小病院に及び診療所は、外来はプライマリー・ケア機能を重視した評価をし、入院は病院の特性や診療科の特性に配慮した評価をする。
○急性期医療は出来高払い、慢性期医療は定額払いを原則とし、出来高払いと定額払いの最善の組み合わせを構築する。
○急性期医療
・入院当初は出来高払い、容態の安定などを考慮して一定期間後は一日定額払いとする。
・入院患者の疾患別定額払いについて基礎調査を進め、その導入を検討する。
・外来医療については、出来高払いを原則とする。
○慢性期医療
・入院医療については、一日定額払いを原則とする。
・外来医療は原則として出来高払いとする。一定の慢性疾患は定額払いのあり方について検討する。
・慢性疾患の急性転化及び急性疾患の併発の場合には、出来高払い方式を組み合わせる。
○歯科医療機関は外来中心であることから、出来高払いを原則とするが、根管治療などにおける定型的な部分は定額払いとする。また、歯科固有の技術評価として、長期的維持管理に着目した評価を行う。
○レセプト電算処理を推進するとともに、診療報酬点数表の簡素化を図る。
○診療報酬体系の見直しについては、各学会や医療関係職種などの専門家から成る作業委員会で検討し、中央社会保険医療協議会の審議を経て、平成一二年度を目途に実施することとするが、可能な限り速やかに実施する。
第四高齢者医療保険制度の創設〈基本的な考え方〉
高齢者の医療費は年々増大し、国民医療費の三分の一を占め、三〇年後には二分の一を占めると見込まれており、抜本的な改革が緊急の課題となっている。
少子高齢社会において、若年世代の負担が増大する中で、今日の高齢者の社会的経済的状況も踏まえ、今後も、低所得者には配慮しながら、高齢者にも相応の負担を求めて行かざるを得ない。
こうした状況を踏まえつつ、高齢者を対象として、疾病の予防、健康増進から治療までを含めた、独立した保険制度を創設する。財源としては高齢者自らの負担のほか、公費負担、世代間連帯の観点からの若年世代の負担を求める。
新しい制度は、介護保険制度の導入状況をも踏まえてできるだけ速やかに実現する。
新しい制度の創設に当たっては、国保制度のあり方について見直すこととし、引き続き検討する。なお、中長期的に介護保険制度との一元化をも視野に入れる。
○対象者は、原則七〇歳以上の者とする。
○患者負担は、介護保険制度との整合性から定率負担とする。その際、新たに上限を設定する高額療養費制度などと組み合わせ、過重な負担とならないようにする。低所得者に配慮する。一定の収入以上の者については、現役と同程度の負担とする。
○費用負担は、高齢者の保険料及び自己負担、公費、若年世代の支援で分担する。
○すべての高齢者から保険料を徴収し、保険給付に充てる。年金からの保険料の徴収を行う。
○公費負担は、三〜四割を目安とする。ただし、将来の老人医療費の動向や若年負担のあり方などを踏まえて検討する。
○保険者のあり方などについては、今後引き続き検討する。
国民医療費は、低成長のもとでも増加の一途をたどり、毎年約六%ずつ伸び、いまや二七兆円に達している。これは国民一人当たり二二万円の医療費を使っていることになる。さらに、少子高齢社会の急速な進行に伴い、国民医療費が増大していくことが見込まれており、国民がこぞって医療に対するコスト意識を持つことを求めるものである。
特に高齢者一人当たりの医療費は、若年世代の約五倍にのぼっており、思い切った適正化が必要とされている。
同時に医療費の無駄や非効率を解消するため、医療費審査の充実や保険医療機関などに対する指導監査の強化を進めていく。
○介護基盤の整備、在宅医療の推進、診療報酬の合理化などにより、一般病院に長期入院しているいわゆる社会的入院の是正を進める。
○レセプト点検の強化、保健指導体制の強化、医療機関に関する情報提供を進め、不必要な重複受診の適正化を図る。
○超高額医療レセプトについては、審査支払機関が従来の書面審査に代わり、担当医師から直接医療内容に関する説明や資料の提供などを求めることとする。
○保険医療機関などに対する指導監査を強化するとともに、不正請求が明らかになったものに対しては、保険医及び保険医療機関などの指定取消しの期間の延長、返還させる不正請求額の加算金の引き上げなどの措置を講じ、より厳重に対処する。
○都道府県によって開きがみられる医療提供体制の適正化を推進するとともに、医療費などの地域間格差の是正を図るための方策を検討する。
○疾病手当金などの現金給付の見直しについては、その果たしている機能、年金など他制度との役割分担も含め、検討する。