二〇〇一年五月二日

二十一世紀の平和構想

核も不信もないアジアを

社会民主党 党首
土井たか子

 冷戦構造崩壊から十年余り、北東アジアにおいても昨年六月の歴史的な朝鮮半島の南北首脳会談によって緊張緩和が大きく前進しました。二人の首脳の英断をしっかりと受け止め、北東アジアの緊張緩和を恒常化し、拡大することこそ私たちの果たすべき役割ではないでしょうか。そのための政治の構想力が今、問われているのです。私の提言が、内外において議論され、二十一世紀の新たな平和構想のたたき台となれば幸いです。

1、北京から

 昨年の夏以来、二十一世紀の平和構想について社会民主党の「安保・軍縮に関する委員会」において検討を進めてきました。
 私は、その骨子となる「北東アジア総合安全保障機構」の創設を昨年八月にニュージーランドで開かれた社会主義インターのアジア太平洋委員会で報告しました。さらにこの三月五日から六日にかけて東京で私たちが主催党となって開催した社会主義インター、アジア太平洋委員会で内容を説明して、出席した十三ヵ国、三国際組織の賛同をえて、満場一致の決議となりました。
 二十一世紀が明けて間もない一月九日、私は社会民主党訪中団として中国を訪問し、中南海で、江沢民国家主席と会談し、つぎのような会話をかわしました。

「朝鮮半島の南北首脳同士が直接会談し、握手して、和解の道へ大きな扉を開きました。この緊張緩和を後退させてはいけません。前進させ、本格的に安定させる努力こそ大事です。アジアに再び、冷戦構造をつくるようなことがあってはならないからです。」
江沢民国家主席 「私たちは朝鮮半島の和解にプラスになることにすべて賛成し、マイナスになることにはすべて反対します。」
「今回の訪中では行く先々で、北東アジアの協調的安全保障プロセスにできるだけ早く着手し、総合安全保障機構をぜひとも具体化したい、この地域を非核地帯にしていきたいと提案しています。おおよそのところでは『中国として協力できることは全部協力しましょう』と答えていただきました。とくに非核地帯の設置について、(主席に)ご協力をお願いしたいと思います。」
江沢民国家主席 「私は、よく分かっています」(日本語で)

 この訪中では、中国人民解放軍総参謀部や外交部の首脳とも会談しました。それぞれの場所で、訪中団は北東アジア総合安全保障機構の創設と北東アジア非核地帯の設置をよびかけました。これに対して中国側は、総合安全保障機構が想定している協調的、総合的な機能を積極的に評価し、南半球や南太平洋、東南アジアですでに実を結んでいる非核地帯条約を支持する立場を鮮明にしました。なかでも、朝鮮半島の非核化に熱心でした。中国の姿勢は数年前までは考えられなかったほど積極的といえます。二十一世紀の北東アジアにおける平和と安定を中国を抜きに確保することは、いかなる角度からみても難しいことを考え合わせ、今回の前進を貴重な足場として話し合いを重ねていきます。

 非核地帯を設けるにあたって、いつも障害になるのは、核兵器保有国の姿勢です。中国は核の先制不使用のほか、非核保有国に対しては核攻撃をしないことや核を持ち込まない方針を宣言しておりますが、自らの利害が直接からむ中国北東部の非核地帯化については、応ずる姿勢をみせていません。ロシアは一時、宣言していた先制不使用さえ、通常戦力が劣勢になるにつれて口にしなくなりました。米国は非核地帯の構想そのものに冷淡です。当面はこうした現実を踏まえ、非核兵器保有国による限定的な北東アジア非核地帯条約の実現を先行させつつ、時間をかけて核兵器保有国の説得に取り組む段階的な方法を選ぶべきでしょう。核兵器保有国同士の緊張を解消する国際環境をつくりだすことはもちろんですが、核兵器を抱えてにらみ合うことの愚かしさや極度の危うさについて世界に警鐘を鳴らし続けることが大切です。

 社会民主党の訪問団は二〇〇〇年に韓国では金大中大統領と、モンゴルでは長時間、エンフバヤル首相と会談し、意気投合して、それぞれの国の政権党に同じ内容の提案をしました。いずれも共同の取り組みを進めることで一致しています。二〇〇一年は中国に続いて、カナダや朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のほか、米国やロシアにも働きかけていく計画です。

2、対立構造復活の危険

 前世紀の歴史は、第一次世界大戦-国際連盟-連合国対枢軸国の対立-第二次世界大戦-国際連合-東西冷戦と流れながれてきました。国際連盟や国際連合ができたのは、悲惨な二度の大戦にこりて国際協調機構をつくろうという試みでした。まず国際連盟は、連合国(米・英・仏・中・ソ)と枢軸国(日・独・伊)という二つの同盟の分立のはざまに消えていきます。行き着く先は第二次世界大戦でした。その次にできた国際連合は、東西両陣営という二つの巨大な同盟の間の冷たい戦争に、もまれ続けました。国際協調体制の崩壊から同盟分立による戦争へ、という繰り返しだったのです。

 歴史は繰り返すと言いますが、新世紀にこれを繰り返すことは絶対に避けなければなりません。協調体制の崩壊から戦争へという惨害の繰り返しを避けるには、どうしたらいいのでしょうか。東西冷戦の終結から十年ほどがたちましたが、この間、アジアにおいては日米安全保障条約再定義という名の同盟強化がおこなわれ、一方においては、ASEAN地域フォーラムの誕生に見られるような多国間の総合的・協調的な安全保障の機運も芽生えました。ところが、多国間システムが本格的に機能しないうちに、すでに危ない兆候が顕在化しつつあります。

 米軍事費が冷戦後の削減傾向から、再び増加に転じました。新世紀になって登場したブッシュ政権は、国家ミサイル防衛(NMD)や戦域ミサイル防衛(TMD)に傾倒し、一国超大国主義に傾きつつあります。これに対し、中国やロシアが警戒心をあらわに身構えはじめました。とくに中国の動向が心配です。中国はいかなる同盟にも参加しない非同盟政策をとっていますが、事実上のブロックを形成する可能性が全くないとは言い切れません。それにアジアにおいては、中国は単独でも影響力の大きい地域大国です。もし米国中心の強大な同盟が、多国間協調システムの芽生えを押し流す勢いになれば、中国の反発を招いて米中間の緊張は一層高まり、双方による事実上の同盟分立のぶり返しが避けられないでしょう。こうした冷戦の再来を未然に防ぐには、米国も中国もロシアも、同盟国すべてが席を同じくする多国間協調システムを確立するしかありません。それが遠回りのようで、実は平和と安定のための近道なのです。

3、アジアへの発信

 社会民主党は、新世紀に生きる安全保障五原則と五つの政策目標をアジアに向けて発信します。すべては、日本国憲法前文と第九条がその源泉です。

(原則)

 (1)平和憲法を実行にうつし、世界に広めます。また、アジア諸国に対する日本軍国主義の武力侵略、広島・長崎の原爆被爆という歴史を心に刻みつつ、武力の行使や威嚇がもつ非人間的な本質を認識し、経済格差の解消や人権擁護、環境保全など総合的な観点から二十一世紀の安全保障に取り組みます。

 (2)北東アジアの近現代史を社会科学的に確立し、日本人として自発的にそれに基づく公正な歴史認識を深めます。加害国としての反省と償いはすべての出発点となります。

 (3)国際紛争は軍事力によらず、平和的な話し合いで解決します。まずは、冷戦の遺物である相互不信をぬぐい、透明度を高める信頼醸成措置を先行させましょう。朝鮮半島有事を想定し、アジアの域内対立の固定化に加担している日本政府の安全保障政策は、根本的に見直します。

 (4)核兵器や生物化学兵器をはじめとする大量破壊兵器の廃絶を進めます。日本自らも作らず、持たず、持ち込ませずの非核三原則の法制化に取り組み、それを周辺国に広げていきます。核をはじめとする近代兵器がもたらした「恐怖と力」による抑止力の発想は、もう時代遅れです。

 (5)日本として国際協力を惜しまず、国際社会の安全保障面では、国連の旗の下の平和維持活動(PKO)で非軍事の役割を積極的に果たします。その際NGOとの協力も重要なことです。第一に、安心される国、第二に信頼される国をめざします。

(政策目標)

 (1)日本国の非核不戦国家宣言
 憲法第九条を日本国の意志として世界に知らしめるため、衆参両議院による国会決議にもとづき、日本政府に「非核不戦国家」を宣言させます。これを踏まえ、国連に対して、日本国に「非核不戦国家の地位」を与えるよう要請します。

 (2)北東アジア総合安全保障機構の創設
 北東アジアに信頼と協調による多国間の総合安全保障機構を創設し、地域内の紛争予防に努めます。もし国際紛争が生じたら平和的な話し合いによる解決を図り、決して武力は行使しません。これには、朝鮮半島の二ヵ国、米国、中国、ロシア、モンゴル、カナダ、日本の計八ヵ国の参加が望ましいと考えます。カナダの参加を想定している理由としては、非核地帯化に熱心に取り組んでいること、米国との緩衝役が期待できること、北東アジアに北太平洋という概念を重ねた取り組みを可能にすることがあります。モンゴルの首相は「大国よりはむしろ中小国が中心となって進める方が疑心を招かず、話がまとまりやすい」と言われましたが、同感です。最初から機構そのものを確立することは、難しいとしても、機構創設につながるプロセスへの着手は急がなければなりません。この機構が問題解決能力を高めれば高めるほど、日米安保条約の役割は後退していくに違いありません。

 (3)北東アジア非核地帯の設置
 当面、日本、モンゴル、韓国、北朝鮮の四非核兵器保有国を非核地帯とする限定的な北東アジア非核地帯条約を締結し、核保有国に対しては、(1)この地域に核兵器を持ち込まない(2)この地域に核攻撃しない−−の二点を約束する条約付属文書への署名を求めることを提案します。これらが実行できれば、米国をはじめとする核保有国の核の傘は無用化することになります。

 (4)二国間安保から多国間協調へ
 日米安保条約は、北東アジア総合安全保障機構の実現に向けて前進するにつれ、軍事同盟の側面を薄めていくことになります。いずれ、役割を終える時がくるでしょう。そうなれば、日米平和友好条約に転換します。
 とりわけ現行安保体制のもと、沖縄は異常なまでの過重負担を強いられています。当面は、沖縄海兵隊の撤収をはじめ在日米軍基地の整理・縮小・閉鎖のための「基地整理基本法」をつくり、返還後の跡地利用や汚染対策、基地従業員の雇用対策などを計画的に行ないます。また、在日米軍の駐留経費を肩代わりしている「思いやり予算」の大幅な削減、日米合同委員会の公開、日米地位協定の改定による不平等性の解消に努め、基地周辺住民の安全や生活権を確保します。数年後に予想される米原子力空母の横須賀母港化はやめさせたいと考えています。
 米外交文書が明らかにした一九六〇年安保改定の際の日米密約(朝鮮半島有事における米軍の日本基地自由使用、米軍艦船や核積載航空機の寄港・通過・飛来の黙認)は、非核三原則と事前協議を有名無実化するものであり、ただちに廃棄するよう求めます。一九九六年の日米安全保障共同宣言(安保再定義)とそれに基づく新しい日米防衛協力指針、それを法制化した周辺事態法の成立によって、日本政府の軍事力と安保政策は平和憲法の枠を明白に乗り越えたといわざるをえません。自衛隊が海外での武力行使、集団的自衛権の行使に踏み込むことは断じて認められません。

 (5)自衛隊の縮小・改編
 憲法第九条に基づいて「平和基本法」を制定し、肥大化した自衛隊の規模や装備を必要最小限の水準まで縮小するためのプログラムを策定します。当面、自衛隊に関しては、軍事力肥大を生む軍産複合体の増殖をおさえ、国会による文民統制のシステムを強化し、情報の公開を徹底させ、基本的人権に抵触する有事立法や秘密保護法をやめさせ、また隊内いじめ事件で発覚した自衛官の基本的人権侵害を防ぐ制度を創設します。軍事力増強による威嚇効果を「抑止力」とよぶ日米安保路線は、対抗勢力を刺激し、軍拡競争をエスカレートさせる危険性を伴います。社会民主党はこれに反対し、対抗勢力をつくらずにすむ「対話と協調」路線を選択します。
 冷戦の終結で日本侵略の潜在力をもつ脅威が消えてしまい、しかも物価が下落する時代にあって、冷戦期を上回る中期防衛力整備計画(二〇〇一〜二〇〇五年度、限度額二五兆一六〇〇億円)は明らかに過大です。新しい中期防に盛り込まれた抑止力優先の攻撃的な装備の調達は削除するよう要求します。将来的には、いずれ自衛隊は国境警備、国土防衛、災害救助、国際協力などの任務別に分割し、縮小、改編することをめざします。

4、憲法を愛するひとの力を合わせよう

 私たちは、冷戦構造崩壊後の平和と安定の秩序作りの根幹は、武力への信仰ではなく、「多国間の信頼と協調」にあると考えます。それは、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、戦争放棄とそのための戦力不保持を誓った日本国憲法の理念を具体化し、世界に拡げることにほかなりません。しかし、現実には、日米軍事同盟強化を基礎に、憲法を改悪し、集団的自衛権すら容認しようという動きが強まっています。軌を一にするかのように歴史的事実を大きくゆがめる教科書が編纂され、アジア諸国の憤激をかっています。憲法改悪と偏狭なナショナリズムの台頭は著しく時代に逆行するものといわなければなりません。

 今、平和憲法は戦後最大の危機に直面しているといっても過言ではないでしょう。しかし、平和を愛し、平和憲法に心を寄せる人々は決して少数ではありません。今こそ、国会の場はもちろんのこと、さまざまな分野で憲法を守ろうとする人々が大きく力を合わせることを強く訴えます。