社会新報

ウィシュマさんを見殺しにした入管の罪-DV被害者を保護せず長期収容-

(社会新報2021年6月30日号1面より)

 

名古屋出入国管理局で収容中に亡くなったスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が、仮放免申請の理由として書いた手紙で元交際相手からのDV被害を告発していた。

手紙には、彼女が2017年6月に来日したが、日本語学校で知り合った元交際相手に貯金を奪われ、殴るなどの暴行を受け、在留資格を失い、18年8月に着の身着のままで交番に助けを求めるまでの経緯がつづられている。支援者は「彼女に必要なのは、DV被害に基づいた保護と支援だったはずだ」と批判する。

「私、彼氏から長い時間、殴るもらって犬みたいにで家の中で怖くて待っていました。ビザないから怖くて仕事をやめていました。彼氏に家賃と食べ物のお金半分あげるできなかったら私もいらない言われた…彼氏に私貯金してたのお金全部あげた…だから入管来るお金もなかった」。ウィシュマさんがローマ字で綴った手紙には元交際相手からの暴力が克明に記されていた。

在留外国人の被害者については、18年1月、全国の入管施設に入管局長名で「DV事案に関わる措置要領」の改訂版が出され、「人道上適切に対応しなければならない」「母国語の通訳を介し調査し、警察、DVセンター、NGOなどと連携を図ること」「DV被害者が配偶者からの暴力に起因して旅券を所持してない時は、在留資格を交付する」などとDV被害者への対応が細かく整理されている。

DVシェルターで保護を

要領に基づくと、ウィシュマさんがDV被害者だと認知できた場合、ウィシュマさんは入管でなく、DVシェルターで心身のケアを受けられただけでなく、日本語学校退学で紛失した在留資格の交付を受けられた可能性もあった。

警察に出頭した際、ウィシュマさんは「彼氏に追い出された」と語り、所持金が1350円しかなかったことなどから、警察も入管局もDV被害者だと認識していたが、彼女を保護し、ケアする対応は全くとらず、逆に帰国を促していた。入管庁は、収容者のうちのDV被害者数を把握していたが、彼女はカウントされていなかった。

さらに元交際相手から、収容後の20年10月に、2度にわたり、ウィシュマさんに脅迫めいた手紙まで届く。 

「入管まで私に手紙きました。彼氏すごい怒るとき厳しいになります。私がスリランカで探して罰やることと、あと、スリランカにいる彼氏のファミリーのみんな、私帰るまでリベンジ(復讐)やるために待っていること書いてあった」

仮放免の申請理由を書いた紙には元交際相手から寄せられた手紙の内容がこう記されていた。彼女は、その後、「屋上に彼がいるかも」という不安にかられて屋上にも出られず、出た場合も声さえ出せなくなっていたという。入管庁は、被収容者に来る手紙は「内容をチェックしてから渡す」としており、当時の対応に問題がなかったか調査を進めている。

面会した真野さんの証言

支援者によると、ウィシュマさんが帰国する意思を示していた当初、入管職員の対応は「とても親切だった」という。しかし、日本での残留を希望するようになると、職員の態度は急変し、「帰れ、帰れ」「無理やり帰らせる」などの高圧的な言動が続き、ウィシュマさんは、精神的に追い込まれていった。

20年12月18日に彼女と面会したシンガーソングライターの真野明美さんは 「職員にも(スリランカに帰るよう)追い込まれ、憔悴(しょうすい)しきっていた。DVで心も体も傷ついていると一目で分かった。『うちに来て。一緒に暮らそう』と話すと『ありがとうございます』と彼女の表情が輝いた。私が『お腹痛くない?』と聞くと『ここに来て初めて私の身体を心配する言葉を聞いた』と顔を覆って泣いていた。直ぐに連れて帰りたいと心が苦しくなった」と話す。

真野さんは「会うたびに衰弱する彼女を見て、何度も『死んじゃう。助けて』と、処遇部門の担当者に点滴と入院を求めたが、職員は『監視カメラで見ている』『適切にやっている』と言うばかり。結局、満足な医療を施さず、彼女は見殺しにされた」と批判する。

真野さんは「葬儀での彼女は写真とはまるで別人で、頬がこけ、骨と皮だけ、手首は枝のようだった。『誰も助けてくれない』と孤独の中、一人で逝った。胸が締めつけられる。大好きな日本でこんな目に遭わされるなんて」と声を落とした。

法相は真摯に向き合って

現在、入管庁は最終報告書の提出に向け、関係者の聴取を進めている。しかし上川陽子法相は、遺族が望む収容中の監視カメラの映像公開を拒否。遺族は不信感を募らせている。守られるべき33歳の尊い命が、入管施設で奪われてしまった。上川法相は、遺族の思いに真摯(しんし)に向き合い、映像を公開し、入管行政の徹底的な見直しから始めるべきだ。

 

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