(社会新報7月25日号1面より)
「警察官による盗撮事件を野川明輝県警本部長が隠蔽(いんぺい)しようとした。許せないと思った」。個人情報を含む警察の内部文書を札幌市のジャーナリスト・小笠原淳氏に漏らしたとして国家公務員法(守秘義務)違反で逮捕、起訴された鹿児島県警本部の本田尚志前生活安全部長は、6月5日の裁判所の勾留理由開示手続きで、内部告発の動機をそう語った。
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本田前部長は、昨年12月19日に警察が捜査を開始した枕崎署の巡査部長によるトイレ盗撮事件について野川本部長が「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と話し、不祥事を隠蔽しようとしたと主張した。
「闇をあばいてください」。本田前部長がそう書いて小笠原さんに匿名で郵送した警察の内部文書などには、枕崎署の巡査部長が捜査車両を使って職務時間中にトイレで女性を盗撮した事件など、県警が隠蔽したとされる複数の不祥事が詳しく記されていた。
これに対し野川本部長は6月21日の会見で、「隠蔽を指示した事実はない」と全面否定。野川氏は犯人隠避と公務員職権乱用容疑で刑事告発されたが、鹿児島地検は不起訴にした。
だが盗撮した鳥越勇貴巡査部長が逮捕されるまでに5ヵ月もかかったことや、野川氏が捜査を指揮せず「署で捜査を尽くせ」と枕崎署に指示したこと、また逮捕前に容疑者の巡査部長を含む枕崎署員全員に盗撮防止の研修を行なわせたことなど、その対応には不可思議な部分があった。
このため警察庁は、野川氏が速やかな捜査と立件を行なわねばならない立場にあったにもかかわらず、きめ細かな確認や指示を怠ったとして6月21日、長官名で訓戒処分にした。
ハンターへ露骨な弾圧
この事件ではもう一つ極めて重大な問題が指摘されている。鹿児島県警が、県警の不祥事を調査報道してきたニュースサイト「ハンター」(福岡市・中願寺純則代表)の自宅兼事務所を4月8日に家宅捜索し、執拗(しつよう)な事情聴取を行なうなどの露骨な報道弾圧、言論弾圧、内部告発封じを行なったことである。
家宅捜索の容疑は、ハンターが警察内部から入手して特報した「告訴・告発事件処理簿一覧」に関する情報漏えい。ハンターは、県警警察官の父親を持つ鹿児島県医師会職員が女性看護師に性的暴行をしたとして書類送検され、鹿児島地検が不起訴にした事件について「一覧」などをもとに「捜査指揮がゆがめられた」と連続追及していた。
県警は4月8日、ハンターに内部告発した藤井光樹巡査長を逮捕すると同時に、その関係先としてハンターを家宅捜索。心臓の持病がある中願寺氏を数日にわたり執拗に聴取した。
小笠原氏はハンターで鹿児島県警の閉鎖性を追及する記事を執筆するなど、中願寺氏と連携して同県警の不祥事を取材していた。このため小笠原氏は、本田前部長から匿名で送られた告発文書についても、メールでやりとりして情報を中願寺氏と共有していた。
県警は家宅捜索で押収したパソコンから「闇をあばいてください」という差出人不明の文書を見つけ、初めて別の内部告発者の存在に気づき驚がく。本田前部長を割り出して逮捕した。
福島党首が取材源の秘匿侵害を厳しく批判
この前代未聞の報道弾圧について6月18日の参院法務委員会で福島みずほ党首は、「報道機関に警察が捜索に入って取材資料を差し押さえ、それを端緒に報道機関の取材源を特定して逮捕することは、言論の自由を保障する民主国家ではあり得ない。戦後初めてではないか」と厳しく追及した。
福島党首は、松尾邦弘元検事総長が法務省刑事局長時代、盗聴法に関する参院法務委員会の質疑で「取材源の秘匿は最大限尊重する。報道機関の通信は傍受の対象にしない」と答弁した事実を引いて「例えばある週刊誌が裏金問題を報道して、警察が捜索に入ったら、取材源の秘匿も報道の自由もなくなる。今回、初めてそれをやった」と痛烈に批判。さらに鹿児島県警が「刑事企画課だより」で証拠隠滅を職員に勧めていた事実を指摘し、「驚くべきこと」と批判した。
福島党首は、テロや誘拐など人命、人体への差し迫った危険性を避ける目的を除き、米司法省規則が報道機関の取材資料の押収目的での強制捜査を明文で原則禁止していることに触れ、「報道機関に家宅捜索して取材源を暴いて逮捕する。内部告発もできなくなる」と追及。これに対し親家和仁警察庁刑事局捜査支援分析管理官は「法と証拠に基づき適切に捜査を進めたと判断している」と居直った。
メモ【「刑事企画課だより」】鹿児島県警が昨年10月に発行した文書のタイトル。ハンターが入手して「前代未聞の隠蔽指示」と特報。「再審や国賠請求において破棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません」「事件記録の写しについても保管の理由が説明できず、不要と判断されるものは速やかに破棄しましょう」と記されていた。ハンターに告発した元巡査長は「警察のあり方を正したかったから」と公判で動機を説明。同県警は「誤解を招いた」として文書訂正に追い込まれた。