(社会新報8月15日号6・7面より)
7月11日から14日まで、福島みずほ党首を団長とする社民党代表団が韓国を訪れた。大椿ゆうこ副党首・服部良一幹事長も同行し、進歩政党4党(共に民主党、進歩党、祖国革新党、正義党)や市民団体・労働組合との交流を行なった(政党との交流については、前号で報告したため、本稿では市民団体・労働組合との交流を中心に詳述する)。
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11日はソウルに到着後、最初に元東亜日報記者で自由言論実践財団名誉理事長の李富榮(イ・ブヨン)氏を訪ね、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権下で悪化する韓国の言論状況について見解を聞いた。
李理事長は、検事出身の尹大統領が、検察が被疑者を捜査する方式の政治を行ない、韓国放送公社(KBS)、文化放送(MBC)といった公営放送を掌握しようとしていると批判した。現在、韓国では放送通信委員会のうち、大統領が推薦する2委員のみが任命され、国会が推薦する3委員が空席のまま、重要事項が決められている。また、大統領が同委員会の委員長候補とした李眞淑(イ・ジンスク)氏については、大田MBC代表理事を務めていた際、労組弾圧をしていたことなどを理由に、現在、言論界から就任辞退を要求する声が上がっている。
李理事長は東アジア情勢について、日韓米三国が軍事同盟のようになり、南北対立や韓中両国の関係悪化を招いていることへの危惧を示した。対する福島党首は、自民党政権が米国に追従し、日米韓共同訓練を頻繁に行なっていることに同様の危機感を抱いているとし、社民党が2001年に出した「土井ドクトリン」において北東アジアの非核化構想を打ち出したことを紹介した。
梨泰院惨事の記憶の継承
続いて、22年10月29日に起こった梨泰院(イテウォン)惨事の犠牲者を追悼し、真相究明を求める市民の運動を記録した「10・29梨泰院惨事記憶疎通空間 星々の家」を訪れ、李正敏(イ・ジョンミン)遺族協議会運営委員長や、遺族の支援者と交流した。ハロウィーン行事で狭い路地に集まった若者159人(うち日本人が2人)が圧死したこの惨事については、群衆事故の防止に十分な対応を取らなかった責任の所在を究明するための特別法が、共に民主党主導で今年1月、本会議を通過したが、大統領拒否権によって成立を妨げられた。遺族らは責任者の処罰や国会賠償を求めるのをやめ、真相究明に絞る方針に転換し、5月2日に「真相究明・再発防止のための特別法」が本会議在席議員ほぼ全員の賛成で可決された。
李運営委員長は、自分たちの運動は韓国のみならず、全世界で同様の惨事が起きることを防ぐことを目的にしているとし、日本の明石花火大会歩道橋事故の遺族らと交流を続けていると話した。遺族同士のつながりやトラウマ治療について質問した大椿副党首に対しては、現在、遺族の他、惨事の目撃者や検察・消防等惨事の対応にあたった人も含めたトラウマ相談が行なわれているが、遺族間の疎通の機会を拡大することが重要との考えを示した。
訪韓団は「星々の家」訪問後、惨事の発生現場に足を運んだ。惨事を記憶する碑が設けられ、路地の名前が「10・29記憶と安全の道」と名付けられるなど、事件の継承の努力がなされていることを確認した。
その後、国会議員会館に移動し、今年4月の総選挙で3議席を獲得した進歩党と、両党が重要視する政策について意見交換した。進歩党からは農業・労働・女性・青年の4分野に特に注力し、農業を市場経済任せにしない「農民農業農村基本法」を提案するなどの取り組みを行なっていることが紹介された。また、前身の統一進歩党が憲法裁判所に解散を宣告された2014年12月から10年近くの年月を経て議席を獲得した背景には、労働運動への参加や、お年寄りの見回りや雪下ろしの手伝いなどの住民密着型の活動を重ねてきた経緯があることも教えてくれた。
日東電工に雇用継続訴え
12日は、朝から正義党本部に移動し、金属労組亀尾支部韓国オプティカルハイテック支会の崔鉉煥(チェ・ヒョンファン)支会長と支援者らと懇談した。日本の日東電工の子会社である韓国オプティカルハイテック社は、22年10月4日に亀尾市にある工場で火災が発生したことを受けて廃業を決定した。同工場で行なわれていた生産工程は平沢市にある日東電工の別の子会社・韓国日東オプティカル社の工場に引き継がれたが、亀尾市の工場で雇用されていた労働者の雇用は継続されなかった。現在、11人の労働者が雇用継続を求め、会社に対する抗議行動を行なっている。
組合側は親会社の日東電工に対し、労働者との対話に応じるよう求めるとともに、日本政府にも自ら定めた「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」やOECDの多国籍企業ガイドラインにのっとり、労働者の働く権利の侵害に対する被害救済を行ない、また日東電工側に労働者との対話に応じさせるための措置を取るよう求めている。日本政府への要求事項については、国会議員96人が名を連ねた。7月26日には、金周暎(キム・ジュヨン)・李庸宇(イ・ヨンウ)・尹鍾五(ユン・ジョンオ)の国会議員3人と労働組合当事者、宗教者らが岸田文雄首相宛ての書簡文を持って来日した。
野党が掲げる政策で議論
労組との懇談後は、国会議員会館・議事堂に移動し、祖国革新党・共に民主党と相次いで交流した。祖国革新党は文在寅(ムン・ジェイン)政権下で法務部長官を務めた曺国(チョ・グク)氏が今年3月に結党した政党だが、4月の総選挙では12議席を獲得した。社民党との懇談には5人の国会議員 金峻享(キム・ジュニョン)代表代行、申荘植(シン・ジャンシク)院内副代表、金載原(キム・ジェウォン)院内副代表、李海珉(イ・ヘミン)広報委員長、車圭根(チャ・ギュグン)代表秘書室長が出席し、党が掲げる検察改革、「社会権先進国第7共和国構想」などについて議論した。
検察改革については、現在、検察が捜査権と起訴権の両方を掌握していることが検察独裁の原因だとして、検察庁を廃止して捜査権を持つ重大犯罪捜査庁と起訴権を持つ公訴庁という別々の組織を新設すること、捜査における人権侵害を防止するための捜査手続き法を制定することなどを掲げている。
また、社会権先進国構想については、社会権の具体的要素として、①教育権②労働権③文化権④ケア権⑤健康権⑥環境権⑦住居権⑧デジタル権 を掲げ、社会権の保障を国家に義務づけるための憲法改正が必要との認識を示した。
共に民主党とは、同党出身の禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長と懇談後、李庸ソン(イ・ヨンソン)、金容萬(キム・ヨンマン)、李寿珍(イ・スジン)の3人の国会議員と、北東アジアの平和や労働問題、とりわけ「危険の外注化」と呼ばれる、下請労働者や外国人労働者に危険・劣悪な仕事を押しつける社会構造の問題について議論した。
日本の戦争責任わい小化
また、韓国国会議員10人連名で、6月20日に岸田首相に対し、教科書における日本の植民地・戦争責任のわい曲・わい小化問題、佐渡金山の世界遺産推薦問題、浮島丸事件の真実究明などについて書簡文を送ったことを明らかにした。対する福島党首は、厚生労働省から浮島丸事件の乗船名簿の複写を入手し、韓国政府が日本政府に正式要請すれば乗客の名前の黒塗りを外せると言っているとして、韓国側に日本政府への要請を行なうよう求めた。
その後、再び正義党本部に戻り、権英国(クォン・ヨングク)代表と、姜恩美(カン・ウンミ)、李恩周(イ・ウンジュ)の2人の前国会議員らと懇談を行ない、急速な少子化、家父長制、外国人労働者の人権侵害など、両国間に共通の課題が多く存在することをあらためて確認した。
韓国は2023年の合計特殊出生率が0・72と世界最低を記録しているが、その少子化の背景には、住居価格の高騰、出産に伴う女性のキャリア断絶、育児に対する支援の不足、競争社会ゆえの私教育の負担に加え、男女の賃金格差が大きいため、女性の低賃金・男性の長時間労働が固定化されていることがあるという(OECDによると女性の賃金は男性の68・8%)。
また、正義党側から、韓国の雇用許可制が外国人労働者側が事業場を変更できる理由を制限し、変更回数を3回以内に限定した結果、奴隷労働を生んでいることが紹介されると、福島党首らは日本の技能実習制度と全く同じだと驚きの声を上げた。
今年の総選挙で議席を獲得できず院外政党となってしまった正義党からは、現在の国政が共に民主党と国民の力との二大政党制になり、両者が攻撃し合う結果、政治が民政と乖離(かいり)しているとの懸念も示された。大統領弾劾運動で野党が大きな連帯をつくっていることについても、安保問題のような重要事項における差異を包み隠してしまうのではないかという不安も聞かれ、日本の野党共闘のあり方に葛藤する社民党と共通の悩みが見られた。
非正規雇用をなくす運動
7月13日は金鎔均(キム・ヨンギュン)財団を訪ね、金美淑(キム・ミスク)理事長と懇談した。金鎔均さんは下請企業「韓国発電技術」で働く非正規労働者で、24歳の誕生日を迎えた直後の2018年12月、勤めていた泰安火力発電所でベルトコンベアに挟まれて命を落とした。金鎔均さんの母親である金美叔さんは、事故後、現場の保存もせず、事故を金さんの自己責任と主張する会社側に不信を抱き、民主労総と共に声を上げるようになった。息子の顔と名前を公開し、メディアや集会での発言を重ねるたびに非正規・下請労働者の過酷な労働に対する社会的関心が高まった。
金さん自らが、加害企業を処罰できる法整備を求めて文在寅大統領の下に通う精力的な活動が結実し、2021年には、安全措置義務に違反して産業災害を起こした事業者・経営責任者を処罰する重大災害処罰法が制定された。
金美叔オモニは会社から受け取った和解金などを元手に財団を立ち上げ、非正規のない社会を目指して活動している。「事故被害者は悪くない。被害をつくった社会に問題がある」として、被害者支援のパンフレットの制作などに精を出す金さんに、大椿副党首は、自らも非正規労働者の経験を持ち、非正規を原則禁止するため日本の国会内で活動していることを話した。
4月の総選挙で野党・進歩勢力が圧勝した韓国は、大きな転換点を迎えている。第22代国会では、特殊雇用・プラットフォーム労働者にも労働者概念を拡大し、ストライキを行なった労働組合員への損害賠償を制限する「黄色い封筒法」が重要法案の一つとして論議されている。大統領弾劾を求める請願署名は130万筆を超えたという。
社会が変わるうねりの中にある韓国に、短期間ながら身を浸し、社民党訪韓団はたくさんの学びを吸収した。