社会新報

健康保険証は廃止できない~専門家が指摘するこれだけの理由

(社会新報8月15日号4面より)

 

トラブル続きのマイナ保険証はいらない
共通番号いらないネット 原田富弘さん

 健康保険証の交付規定を健康保険法の省令から削除するため、パブリックコメントが6月22日まで行なわれた。健康保険法については昨年の改正で資格確認書の交付は決まったが、省令改正までは保険証の廃止は法的には決定していない。
 ところが厚労省は「12月2日から健康保険証は発行されなくなります」というチラシを、4月から医療機関等で配布させ、トラブルが続いている。5万件を超えた提出意見を踏まえ改正案を見直すべきだが、7月29日現在、パブコメ結果も省令改正も公表されていない。

危ういマイナ保険証は健康保険証で補完が必要

 マイナ保険証は、資格情報が正しく表示されないなどのトラブルが絶えない。
 厚労省が7月の中医協に示した医療機関等のヒアリング結果でも、顔認証ができない、カードリーダーがエラー、マイナ保険証の方が時間を要するなどの声が寄せられている。
 会計検査院は5月15日、報告「マイナンバー制度における地方公共団体による情報照会の実施状況について」で、被用者保険の資格喪失情報の登録に時間がかかり、国民健康保険で最新の情報が取得できない実態を指摘している。
 これはマイナ保険証で最新の資格情報が表示されない一因でもある。

 厚労省は保険者に迅速な登録を求めているが、協会けんぽでは事業主が日本年金機構に届出を提出し、審査後に協会けんぽに情報を伝え資格情報を更新するなど、迅速な登録は困難だ。
 マイナンバー制度の情報連携では、正確な情報提供が確実になるまでは、従来の挙証資料の提出も求めて、情報連携で得た情報と照合する「試行運用」が行なわれる。マイナ保険証はその試行状態であり、健康保険証の併用が必要だ。
 厚労省もマイナ保険証で資格確認できない場合は健康保険証などで確認するよう、6月18日に医療機関に通知している。正確な情報表示が保証できるまで、健康保険証を廃止することは許されない。

健康保険証存続を求めつつ発行終了されたらどう対応

 政府は世論を無視し、12月2日に健康保険証の新規発行を終了する方針をかたくなに変えていない。終了されても保険証は最大1年間有効だが、有効期間が切れたり転職・転居等で失効すると、以後、使えない。
 マイナ保険証の登録をしていなければ、資格確認書が保険者から申請不要で送付される予定だが、登録していればそれを解除しないと資格確認書は原則交付されない。
 当初、厚労省はマイナ保険証の登録解除はできないとしてきたが、世論の批判を受け、3月14日の社保審医療保険部会で登録解除方法を示した。10月ごろから解除申請を保険者が受け付け、資格確認書を交付する。マイナカードを市区町村に返納した場合は、資格確認書の申請を案内し、保険者に返納情報を伝えて資格確認書を送付するとしている。
 あわててマイナ保険証を作る必要はない。

 

強引な普及キャンペーンに抗議
東京保険医協会副会長 吉田章さん

 政府はマイナ保険証利用拡大に躍起になっている。
 従来の普及策にもかかわらず、今年4月の時点でその利用率は6・56%と低迷していたため、5月から7月までを「マイナ保険証利用促進集中取組月間」として大々的なキャンペーンを始めた。
 まず、医療機関、薬局におけるマイナ保険証の利用状況を監視した上で、利用率と増加人数に応じて一時金を支給することとした。ただし支給要件として、①2023年10月から利用人数が一定数増えていること②窓口での共通ポスター掲示③患者さんへのお声かけと利用を求めるチラシの配布の徹底ーーを課している。
 さらに、「マイナ保険証促進トークスクリプト」なるマニュアルまで作成し、お声かけの内容まで指示するという念の入れようだ。

医療現場の混乱続く 死亡トラブルも発生

 この性急で強引ともいえるキャンペーンは医療現場に混乱をもたらしている。
 大手薬局でマイナ保険証しか受け付けないという対応があったとか、医療機関の窓口で提示を求めたところ、患者さんからマイナカードを投げつけられたなど、看過できない事態が生じている。
 資格確認の際のトラブルも続出している。確認ができないどころか、他人の資格を使っていた、他人の医療情報が出てきたといった例もある。さらにはこの6月、心筋梗塞の前兆の疑いのあった患者さんがマイナ保険証での資格確認ができず、「明日、保険証をもって来る」と帰宅したその夜に症状が急変し、死亡するという出来事も起きた。

閉院に追い込まれる

 医療機関の閉院も増えている。この3月から4月にかけて、東京だけで病院・診療所211機関、歯科医院84機関、計295機関が廃業している。昨年1年間で全国で閉院が709機関という数字と比べると、異常な廃業増加がみられるのである(『ニュースポストセブン』今年7月8日付)。もちろん、その全部がマイナ保険証が原因とは言えないが、かなりの割合を占めていると考えられている。
 マイナ保険証を利用する設備の導入と運営は、資金的にも人的にも、医療機関に大きな負担を強いる。厚労省はこの設備を入れないと保険医療機関資格を取り消す場合もあるなどと強硬姿勢を取っており、従わざるを得ないのだが、医療機関によっては、負担が大きすぎる、意義を見いだせない、患者のプライバシーを危険にさらしかねない、制度についていけないなどの理由で、閉院に追い込まれているところが増えていると考えられている。
 このように医療現場を混乱させ、閉院まで誘発しているマイナ保険証について、政府がここまで強硬に進める理由は何か。マイナ保険証利用で医療機関から診療情報を収集して「医療DX」を進め、「より良い医療を目指す」という政府の言い分は信じられるのか。
 残念ながらここで論じるスペースはないが、象徴的な数字がある。国家公務員のマイナ保険証利用率だ。今年3月マイナ保険証の利用率は、国民全体が5・47%に対し、国家公務員は5・73%とほぼ変わらない低迷ぶりなのである。より良い医療を受けられるはずのマイナ保険証を、それを強力に推進する側があえて使っていない。この事実がすべてを物語っているのではないだろうか。