社会新報

伊藤詩織さんが2審も勝訴 性暴力をなくす第一歩~不同意の性行為に賠償命令~

(社会新報2022年2月16日号1面より)

 

 ジャーナリストの伊藤詩織さん(32)が、元TBSワシントン支局長のジャーナリスト・山口敬之氏(55)から性暴力を受けたとして1100万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁(中山孝雄裁判長)は1月25日、一審判決と同様に「同意がないのに行為に及んだ」として、賠償金332万円余りの支払いを山口氏に命じた(山口氏が2月7日に上告)。一方、山口氏が名誉毀損(きそん)の慰謝料などとして1億3000万円と謝罪広告を求めた反訴に関し、東京高裁は薬物使用の言及部分のみに真実相当性が認められないとして、55万円の支払いを伊藤さんに命じた(伊藤さんが2月4日に上告)。

 

 

 中山裁判長は、伊藤さんが一貫して性的被害を具体的に供述していることや、2人の間には性的行為が想定されるような親密さは認められないこと、伊藤さんが行為直後から友人や医師、警察に性的被害を訴え続けていることを踏まえて、伊藤さんの供述を「信用できる」と判断した。一方、山口さんの「伊藤さんが性行為に誘う挙動をした」といった供述を「信用することはできない」と一蹴(いっしゅう)した。

#MeTooで変化

 伊藤さんは二審判決当日の1月25日、都内で会見し、開口一番、「裁判を闘って5年。20代後半から30代までこの裁判に向き合う日々だった」と述べた。

 そして伊藤さんは「提訴した2017年当時の日本では性被害を語るのは珍しかったが、同年10月から『#MeToo』運動が始まり、多くの人たちが声を上げ、報道の流れも変わった。不同意の性交が法で裁かれる世の中がやってくると信じている」と、社会変化に期待感をにじませた。

 伊藤さんの代理人・西広陽子弁護士は二審判決について「非常に説得力のある、常識的に分かりやすい内容。詩織さんは大変な思いをして性被害者が泣き寝入りしない社会を求めてきた。ある意味で冷めた司法システムを正してほしい、と願い訴えた。判決はそれに応えた第一歩だ」と評価した。

 同じく代理人の角田由紀子弁護士は、「久しぶりに道理にかなった判決で、うれしかった」とした上で、「今の日本では同意のない性行為が普通にできる社会になっている。日本の性教育は国際的に見て大変遅れている」と指摘した。

刑事部長なぜ不回答

 当時、準強姦罪の逮捕状の執行を握りつぶした中村格・警視庁刑事部長は菅義偉官房長官秘書官を経て、現在は警察庁長官を務めている。記者の質問に対して伊藤さんは、中村元刑事部長に関し、「なぜ、逮捕を取りやめるに至ったのか、当事者として聞く権利がある。いまだ中村氏から答えがない。裁判官の出した逮捕令状が、1人の判断で執行されないことがあってよいのか」と疑問符を投げかけた。

 ここで事件の概要をふり返ってみる。

 伊藤詩織さんは在米中の2013年秋に山口敬之・TBSワシントン支局長と知り合った。伊藤さんは15年に東京に戻り、同年2月からロイター通信でインターンとして働き始めた。同年3月25日、伊藤さんは山口氏にメールを送り、就職の相談をした。山口氏が一時帰国する際に就職の相談で会う約束をし、15年4月3日夜、都内の串焼き屋で2人は飲食。同夜、2人はすし店に移動し、山口氏は日本酒を2合飲んだ。伊藤さんは、トイレから戻って日本酒を飲むと体調が急変し、再びトイレに入った。便器の上に腰かけた後の記憶がない。

 翌4日の朝5時ごろ、伊藤さんは下腹部に裂けるような痛みを感じ、目を覚ました。拒絶した後も、山口氏は体を押さえつけて行為を続けようとした。伊藤さんは必死に抵抗。行為はやまず、伊藤さんは必死で部屋を脱出。数時間後に、産婦人科で妊娠を防ぐ薬を処方してもらった。

 伊藤さんは同月9日、原宿警察署に相談に行き、同月30日、高輪署に被害届と告訴状を提出し、受理された。6月初旬、高輪署は準強姦容疑で山口氏の逮捕状を取り、同月4日、捜査員から「山口氏が成田に帰国するタイミングで逮捕する」と伊藤さんに連絡が入った。

 ところが、逮捕予定当日の同月8日、成田空港で捜査員が山口氏を待ち構えていると、逮捕直前に中村警視庁刑事部長の指示により逮捕は見送られてしまった。同日、捜査員から伊藤さんに「上からの指示で逮捕できなかった」とわびの連絡が入り、捜査員は担当から外されてしまう。

「安倍礼賛本」を出版

 中村刑事部長は『週刊新潮』(17年5月18日号)の取材に、「(逮捕取り消しを)私が決裁した」と回答。一方、山口氏は16年6月に安倍礼賛本ともいえる『総理』(幻冬舎)を出版している。

 山口氏は15年8月26日に書類送検されたが、東京地検は16年7月22日、なぜか嫌疑不十分で不起訴処分とした。17年5月29日、伊藤さんはこれを不服として検察審査会に審査を申し立てたが、9月21日に東京第6検察審査会は「不起訴相当」と議決した。

 17年9月、伊藤さんは山口氏に対し1100万円の損害賠償などを求める民事訴訟を東京地裁に提訴した。伊藤さんは同年10月、著書『Black Box』を出版し、自らのレイプ被害の実態を克明に執筆。東京地裁は19年12月18日、「合意のないまま行為に及んだ」と認定し、慰謝料など330万円の支払いを山口氏に命じた。一方、山口氏は伊藤さんに名誉毀損等の損害賠償1億3000万円を求めて反訴したが棄却されていた。

 

↑第2審でも勝訴した伊藤詩織さんが闘いを振り返った(1月25日、都内)。

 

↑左から角田弁護士、伊藤さん、西広弁護士。

 

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