社会新報

尊い憲法を守り活かそう-憲法9条と安保法制違憲訴訟 「安保法制」で2つの恐怖-(安保法制違憲訴訟共同代表・弁護士・杉浦ひとみ)

(社会新報2021年5月12日号4面より)

 

2015年。雨の中、国会前で反対の声を上げる市民らの思いを無視して強行採決された10本の改正法と1本の新法からなる法律群。内容は、「憲法第9条の下で集団的自衛権の行使は認められない」という1972年以来維持してきた政府見解に反するものだった。

圧倒的多数の憲法学者、元最高裁判所長官や内閣法制局長官経験者をはじめとする、あらゆる分野の有識者が、この法制の憲法違反を指摘し、反対の声を上げていた。この暴挙を許すまじと、翌16年には全国22の都道府県で25件の安保法制違憲訴訟が起こされた。

あれから6年。吹き荒れた嵐は収まり、水面はまた穏やかになり、安保法制も違憲訴訟も徐々に忘れられているように見える。ところが、実はこの国の中では二つの恐怖がその姿を表し始めている。

 

戦争がすぐそばまで

一つは、この国が安保法制によって戦争に巻き込まれ、テロに狙われる危険な状況にあり、それに対して歯止めがかからなくなっていることである。どれほど危険かは、各地の裁判所で専門家証人として採用された防衛ジャーナリストの半田滋さんが語っている。

日本の置かれた状況を見れば明らかだ。国内の防衛に限定されていた自衛隊の初の海外活動は1991年湾岸戦争後の掃海艇ペルシャ湾派遣。翌92年、国連平和維持活動(PKO)協力法が成立し、カンボジアPKOへの参加を皮切りに海外活動は常態化した。一方、93年の朝鮮半島危機をきっかけに「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」が改定され、周辺事態法が成立。自衛隊の対米支援は本格化した。さらに2001年の米同時多発テロを受けて制定されたテロ対策特別措置法に基づく自衛隊のインド洋派遣、米国のイラク戦争支援のため制定されたイラク特別措置法による自衛隊のイラク派遣と続く。

インド洋では米艦艇への燃料の洋上補給を行ない、イラクでは航空自衛隊の 輸送機が戦火のバクダッドまで武装米兵2万3,000人を空輸した。
つまり、これまでも自衛隊は海外で米支援を行なってきたのである。この関係の下で、安保法制は自国が攻められていなくても米国の戦争を共に戦うことを認め、それを拒む9条の砦(とりで)を放棄した。

状況はさらに危険性を増している。21年3月9日、米軍司令官は「台湾への脅威は今後、6年以内に明白になるだろう」と台湾有事の発生に言及。3月23日には「台湾侵攻を見過ごせば地域のパートナーとしての米国の信頼に影響が出る」と述べ、台湾有事への介入を示唆。日本は同調の構えだ。台湾は日本最西端、与那国島からわずか110km。自衛隊が米軍と共に戦えば、戦火は南西諸島全体に広がる。そして、ひとたび戦争になれば攻撃目標は軍事施設にとどまらないことは、太平洋戦争の教訓だ。私たちが暮らす日本列島は「板子一枚下は地獄」の状況にある。

 

司法が機能しない国

もう一つの恐怖は、憲法の番人といわれてきた裁判所が、実はその役目を果たさない機関だという実態が明らかになったことだ。25の裁判はすでに一審判決が10ヵ所の裁判所(札幌、東京〈国賠〉、大阪、東京〈差し止め〉、高地、沖縄、群馬、埼玉、釧路、山梨)で、二審判決が2ヵ所(沖縄、大阪)で出されている。

ところが、判決内容は、いずれもコピペかと見まごうように同じ理由・同じ内容で請求棄却をしているのである。「現にわが国が他国による武力行使の対象とはされていないから、原告らの生命・身体の危険は現実のものではない。安保法制の違憲性を判断するまでもなく、原告らの訴える恐怖や不安は法的保護に値しない」と。要は、戦争が起こってからでなければ裁判所は救済しないというのだ。あれほど憲法違反が指摘された安保法制を裁判所は「無傷」で生かしている。310万人の犠牲の下に制定された日本の平和憲法の核心がこれなのか。憲法の番人のてんびんの目盛りはどうなっているのか。近年、日本は世界的にも違憲審査制が機能していない国と指摘されている(デイヴィッド・S・ロー『日本の最高裁を解剖する』現代人文社)。

この二つの恐怖は、私たちがなんとかするしかないのである。