講演で「教育への不当な圧力」について訴える斉加尚代さん。(9月29日、東京・千代田区)
(社会新報10月17日号1面より)
今世紀に入り、教育とメディアに対する国家統制が急速に進行している。この問題をテーマにしたシンポジウムが「平和を求め軍拡を許さない女たちの会」の主催で9月29日、東京・千代田区の専修大学神田キャンパスで行なわれ、125人が参加した。
「教育と愛国」のわな
最初に、毎日放送報道情報局ディレクターで映画『教育と愛国』の監督を務めた斉加尚代(さいか・ひさよ)さんが「政治ホラーが進行する日本の教育」と題する講演を行なった。
斉加さんは、1990年代から大阪地区の公立学校を中心に教育問題の取材を続け、2015年から同放送局でドキュメンタリー「映像」シリーズの担当ディレクターを務めている。同シリーズの1本が映画『教育と愛国』の原型になったという。
斉加さんは同映画の予告編を披露し、「この映画は教科書づくりの現場と教育現場への政治介入について描いたもの」と解説した。構想段階では「社内で賛成する人が少なかった」が、映画は国内外で大きな反響を呼んだという。
また斉加さんは、取材の基本姿勢として、日本軍「慰安婦」問題などで「立場の異なる人たちの言い分も聞くことを心がけた」と語った。
「愛国心」の魔力
06年に教育基本法が改定されて「愛国心」条項が組み込まれ、18~19年には小中学校での「道徳」の教科化が開始された。
さらに、21年の閣議決定によって「政府の統一的な見解」とされた日本軍「慰安婦」や強制連行などについての記述が教科書で「修正」を余儀なくされるなど、歴史改ざん圧力が増している。
斉加さんは、こうした動きと同時並行で、日本軍「慰安婦」など日本のかつての加害事実を指摘する人たちに対し、「日本をおとしめるな」「日本人だろ」といったバッシングがネット空間などで強まったと指摘。「歴史研究者らによる研究の積み重ねへの冒とくではないか」と訴え、「こうした『政治ホラー』化がどんどん進んでいったらと思うと、ゾッとする」と懸念を示した。
教科書検閲の危険
斉加さんの講演の後、専修大学教授の山田健太さん(言論法・ジャーナリズム研究)、法政大学名誉教授・前総長の田中優子さん(江戸時代文化研究)、麻酔医で女医会副会長の青木正美さんも加わり、パネルディスカッションが行なわれた。司会は『東京新聞』記者の望月衣塑子さんが務めた。
山田さんは、検閲には、①内容検閲②流通規制③財政的締めつけ の3種類があり、現在の日本の教科書制度では、①が検定、②が各採択地区での採択、③が無償化に当たるとした。
その上で、「教科書は検閲制度の最たるもの」と指摘し、「これをうまく利用しようとする人たちが多くいるので、悪用されないようチェックしていかなければならない」と注意を促した。
考える力を伸ばす
田中さんは、「教育にとって最も大切なのは考える力を育てることであり、知識を植え付けることではない」と力説し、「日本では(ここ十数年来、真の教育とは)反対のことをやっている」と日本政府主導の教育のあり方を批判した。
青木さんは、「ネトウヨ(ネット右翼)には中高年の男性医師が多くいる」と指摘し、「私大の医学部であれば歴史教育がなくても入れるし、入ってからも、医師になってからも、歴史の勉強をしたり考えたりする暇なんてない。(多くは)小中高時代の(表面的な)知識で止まっている」と実態を語った。
その上で、「人間の教育というのは、考える力を身に付けることだ」として、常に歴史と向き合うことの重要性を訴えた。
斉加さんは、他のパネリストのコメントを受け、「表現の自由と教育の自由の後退というのは、私が大阪の現場で体験したこととシンクロ(一致)している。子どもたちが考える力を伸ばすには、教師との会話や子ども同士の会話でしかなし得ない」と語った。