社会新報

ジャニーズ事務所~性加害と沈黙の構造

都内で開かれたジャニーズ事務所の会見(10月2日)。

質問を求めて手を上げ続けた東京新聞の望月衣塑子記者(手前左)は、司会者から指名されなかった。望月記者を含む6人を質問から排除する「指名NGリスト」が作成されていたことが会見後に発覚した(2日、都内)。

 

(社会新報10月25日号1面より)

 

 ジャニーズ事務所の創業者・故ジャニー喜多川氏(2019年死去)が半世紀以上にわたり、元ジャニーズJr.のメンバーなど数百人の少年に性暴行をくり返していた。ジャニーズ事務所は9月に初めて性加害を認めて謝罪。10月には社名変更も発表した。だが、補償の具体的な内容は示されず、記者会見場には「指名NGリスト」が持ち込まれるなど、性加害事件の責任に向き合わない「内向き姿勢」が次々と露呈した。今も被害補償の行方は不透明なままだ。
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 業界内では長年、「公然の秘密」とされてきた性加害問題。1999年に『週刊文春』が報じたが、名誉毀損(きそん)に当たるとして事務所は文春を提訴。2004年に性加害を認める東京高裁判決が確定したが、ほとんどのメディアが扱わず、問題は社会的に黙殺されてきた。
 事態が動いたのは23年3月。英国BBCのドキュメンタリー番組の放映後、元Jr.のメンバーら被害者による実名告白が相次いだ。事務所は9月の会見で藤島ジュリー景子社長(当時)が辞任し、後任に東山紀之氏が就任すると発表した。「ジャニーズ」の名称は存続させるとした。

経済界が厳しい批判

 だが、加害者の名前を企業名に残すという非常識な判断や、ジュリー氏が株式の100%を保有し続けることを問題視する声が財界から上がった。経済同友会の新浪剛史代表幹事(サントリーHD社長)は「真摯(しんし)に反省しているか疑わしい」「被害にあわれた方々がどう思うか、もっと真剣に考えるべきだ。被害者のトラウマは想像以上だ」と批判した。日本マクドナルドなどのグローバル企業も「経営改革の意志に乏しい」などとして、契約更新を見送る方針を次々と表明すると、ほかの企業やテレビ局にも見送りの動きが広がった。
 あわてた事務所は10月に2度目の会見を開き、事務所の名称を「SMILE‐UP.(スマイルアップ)」に変更し、被害者への救済補償業務に特化した上で、タレントのエージェント業務を担う新会社を設立する方針を追加で公表した。
 エンタメ業界をけん引してきた「ジャニーズ」の名前は消滅した。だが、テレビ局や雑誌・芸能誌に圧力をかけ、キャスティングや脚本に口出ししたり、不祥事を揉み消したりしてきた事務所の体質は簡単に変わらないとみる向きもある。
 事務所は再発防止策として「人権方針や内部通報制度の策定」を掲げたが、10月の会見で東山氏は「(性加害について)見て見ぬふりをしたと言われればそれまで」と開き直りのような発言をした。また、東山氏は否定しているが、後輩へのハラスメントも過去に報じられている。事件の反省を踏まえて再出発する新会社のトップとして、東山氏が適任なのかといった疑問の声は強い。

指名NGリスト発覚

 さらに2度目の会見は「1社1問」「2時間」などの制限が設けられ、会見を担当したコンサル会社が、記者の「指名NGリスト」「指名候補リスト」を作っていたことに大きな批判が集まった。事務所は「リストに関与していない」と否定したが、指名リストの記者が最初に当てられる一方、NGリストから指名されたのは1人だけだった。
 記者席からはNG記者の質問を妨げるようなヤジも飛んだほか、指名されない記者からの不服に対し、井ノ原快彦副社長が「落ち着いて。全国の子どもが見ていますから」と語りかけ、会場の芸能記者らから大きな拍手が起きる場面もあった。なお井ノ原氏のこの発言は、相手の話し方や態度を批判することで論点をずらす「トーンポリシング」との批判を浴びた。
 こうした「やらせ」「八百長」のような会見になったのは、事務所が長年続けてきたメディアコントロールが続いていることをうかがわせる。メディア対応を一手に担ってきた白波瀬傑・前副社長はジャニー氏の性加害を知っていたとされる。当然、説明責任があるが、白波瀬氏はこれまで会見に登壇していない。
 過去を正視できない事務所に対し、メディアは「なれ合い」から決別し、毅然(きぜん)と取材・報道する義務がある。事務所が調査を委託した「再発防止特別チーム」は、「事務所の隠ぺい体質を強化し、さらに多くの被害者を出した」「『見て見ぬふり』が被害を拡大させた」と、沈黙してきたメディアを強く批判している。会見場で追及する記者にヤジを飛ばし、副社長に拍手を送っている場合ではない。事務所側に立った「応援メディア」のこうした姿勢は、被害者をさらに萎縮させ、被害申告の妨げになりかねない。実際、ネット上では被害者への誹謗(ひぼう)中傷が続く。被害者救済のためには、メディアの人権意識こそ変えなければならない。