社会新報

マイナ保険証への一本化方針は撤回すべき~白石孝さんに聞く(第2回)

マイナンバーカードの見本(総務省提供)。

白石孝さん

 

(社会新報8月16日号7面より)

 

 現行の健康保険証を来年秋に廃止してマイナンバーカードと一本化する政府の方針が大きく揺らいでいる。マイナカードを巡るトラブルが続発する中、このまま政府が健康保険証の廃止を強行すれば世論の強い反発を買い、年内にも予想される衆院議員選挙で与党は苦戦を免れない。そこで政府・与党内から廃止時期の延期論が広がったわけだが、そもそも使い勝手の良い現行の健康保険証をあえて廃止しなければならない理由はどこにもない。プライバシー・アクション代表の白石孝さんが語る。

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 「現行の健康保険証は、患者さんは月に一回、医療機関を受診するときにそれを提示するだけで済みます。ところがマイナ保険証の場合は、提示するだけでは足りず、さらに顔認証か暗証番号の入力が必要。暗証番号を覚えるのは高齢者や知的障害を持つ人には大きな負担です。政府は強引な手法を改め、医療サービスの利用者である個人の立場に立ち、来秋以降も現行の健康保険証を存続させるべきです」

 2013年公布のマイナンバー法(番号法)では、マイナンバーの利用は「税と社会保険と防災」の三つの目的に限定されていて、政府は、情報漏洩などの不安に対し「使用目的が限られているので安心」だと国民に説明していた。

ところが14年に「世界最先端IT国家創造宣言」を閣議決定した安倍政権が、15年5月にマイナカードと健康保険証や公的サービスに係るカードなどの一本化を目指すロードマップを発表してからは状況が一変した。

「それまでの3分野に限った利用という制限を安倍政権が外したことで、利用目的の制限のタガが事実上外れてしまったのです。今後、政府が利用目的をどんどん拡大していくのは確実です」(白石さん)

個人情報流出や成りすまし被害続出

 マイナカードに金融機関のクレジットカードなどの機能を持たせることを政府が検討していると報道もあった。だが、便利さを理由にマイナカードにクレジットカード機能などの多くの機能をひも付けし、それを多くの人が利用するようになることについては「危険と背中合わせ」との指摘もある。

白石さんも「個人情報の大量流出や成りすまし被害が多発した米国や韓国と同じことが日本でも起こる恐れがある」として警鐘を鳴らす。

「米国の国民番号制度である社会保障番号制度では、民間も積極的に社会保険番号を利用し、官民で広範に共通の社会保険番号が使われています。しかしその一方で、制度発足当初から他人の番号を悪用した成りすまし還付申告や給付金の不正受給、さらにはクレジットカードやネットバンキングによる成りすまし犯罪があとを絶ちません。また韓国の住民登録番号制度では、クレジットカードや銀行口座などのひも付けされた1億人分を超える個人情報が盗まれる事件が発生。金融機関やカード会社にカードの再発行や解約を求める顧客が殺到して大きな社会問題になったことがあります」

医療機関がハッカーの標的に

 また医療情報とひも付けされているマイナ保険証については、ランサムウェアの被害に巻き込まれることも強く懸念されている。

 ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)は、コンピュータに悪事を働くマルウェアの一種で、これに感染すると端末等に保存されているデータが暗号化されて使えなくなる。ランサムは身代金の意味で、身代金の要求に応じないとデータの複合ができないように不正にプログラムされている。

 日本の医療機関のランサムウェア被害は21-22年の約2年間で17件発生。電子カルテなどの事業者が遠隔保守のために持ち込んだVPN(仮想プライベートネットワーク)が不正侵入の入り口になって感染するケースが多いとされる。

 医療機関がサイバー攻撃を受けると、電子カルテが閲覧不能になり診療停止に追い込まれ、患者を危険にさらされる恐れがある。同時に、ハッカーにマイナ保険証にひも付けられた医療情報を盗まれる危険性もある。

「医療機関は、コンピュータのセキュリティにかける予算や、セキュリティの人材や知識が決定的に不足していて、ハッカーの標的にされやすい」(白石さん)という。

何でもひも付ける政府のやり方は誤り

 岸田政権は、今後、預貯金口座とのひも付けや、母子健康手帳との一体化などを目指し、将来的にはマイナカードを「市民カード」して、生活のあらゆる分野で活用できるようにする青写真を描いている。

 だが白石さんは「集中化させると災害やハッキングの被害ですべてのシステムがダウンする危険性が高くなる。分散管理が一番の安全策であり、何でもひも付ける政府のやり方は誤りだ」と指摘。岸田政権の対応を厳しく批判した。

「政府は、将来的に個人の情報をマイナカードに一本化して、日本に住民票を置くすべての個人を国家が一元的に管理、統制できる社会を目指しているのかもしれないが、個人情報をICカードにひも付けして半ば強制的に所持させるのは権威主義国家がやること。自由と民主主義を尊ぶ日本には馴染みません」(白石さん)

 岸田首相はマイナ保険証への一本化を断念し、健康保険証廃止の政府方針を撤回すべきだ。

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【メモ】政府のデジタル化重点計画(23年6月9日閣議決定)は、マイナカードの普及と利用拡大のため①24年秋の健康保険証との一体化②運転免許証や在留カードとの一体化➂年金・労働・母子保健分野での利用④マイナカードの「市民カード化」により出生届や死亡手続き、公共交通サービスでも利用できるようにする➄民間ビジネスにおける本人確認についてもマイナカードに原則一本化⑥自治体のオンライン申請拡大、などを目指すとしている。