(社会新報2022年6月15日号1面より)
ロシア軍が侵攻したウクライナをフリージャーナリストの志葉玲さん(46)がこの4月、現地を取材した。前回(5月25日号)の続報として、キーウ(キエフ)に隣接する都市イルピンの戦禍の状況を掲載する。志葉さんは、武器を持たない一般市民すら情け容赦なく殺害するロシア軍の蛮行の数々に衝撃を受け、「侵略戦争は全否定しなくてはいけない」と語る。
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私が現地に入った4月、ウクライナ軍の激しい抵抗で、首都キーウ周辺からロシア軍はすでに撤退していた。ただ、その間の人々の犠牲は小さくはなかった。キーウに隣接する都市イルピンは、今年2月の開戦から同3月までは、最激戦地の一つであったため被害も深刻と聞く。私は、同市を取材した。
車の中に4人の遺体
街の入り口近くにある駐車場に何十台もの車が積み上げられていた。どの車も焼け焦げているか、車体やフロントガラスなどが穴だらけとなっている。これらの車の中から遺体を回収し、身元を確認するボランティアの一人、アントンさん(43)は「街から逃げようとした人々は車ごと自動小銃や重火器で攻撃されて、殺されました」と語る。「これを見て下さい」と彼は自身のスマートフォンを私に差し出す。「これは遺体回収の際、私が撮った写真です。ロシア軍に銃撃され、破壊されたタクシーの中に、4人の遺体がありました。1人は運転手で、あとの3人は家族でしょう。1人は10歳くらいの男の子でした。大人たちはその子だけでも救おうと覆いかぶさりましたが、皆、殺されてしまったのです」。
写真に写っていた少年は、額に大きな穴が空いていた。イルピンの状況については、ロシア側がウクライナ側と協議して「人道回廊」を設け、住民を逃がしているとの報道もあったが、アントンさんは「少なくとも私が知る限り、ロシア軍が市民を守ることなんかありませんでした」と憤る。
イルピン市内に入ると、あちこちの住宅が損壊、あるいは全壊していた。ロシア軍が、帰ってきた人々を殺害するためのわなとして、あちこちに爆弾を仕掛けたため、これらの住宅に不用意に近づくことは危険だ。剥がれ落ちかけている屋根の一部や、銃痕だらけの金属製の扉が、風を受け「ギイギイ」と不気味な音を立てている。通りに人影は少なく、まるでゴーストタウンのようだ。
路上で一般市民銃殺
屋根に大きな穴の空いた5階建てのアパートの前で、住民のルダさん(58)に話を聞くことができた。
彼女は「近所の住民が何人も殺された」と訴える。「86歳と高齢だったボロディムさんは、このアパートの5階に住んでいました。ロシア軍のロケット弾がアパートの屋根に直撃した時、ショックで心臓まひを起こし亡くなったのです」。ルダさんは、ロシア軍の兵士たちが、シェルターに避難していた住民を捕まえ、そのうち2人の男性を路上で銃殺したのだという。「彼らは
一般市民で武器も持っていませんでした。なぜ、この2人を殺す必要があったのか、私には分かりません」。
墓地で遺族の声聞く
イルピン郊外の墓地では連日、亡くなった家族を人々が埋葬していた。ロシア軍がイルピンから撤退し、ようやく遺体を回収することができたのだ。私が取材した時も、年配の女性が夫の写真を手に、集まった記者たちに言葉少なげに応じていた。彼女の夫はチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故の収束作業を行なった決死隊の一員だったと言う。
ウクライナでは今も東部や南部で激戦が続いている。日本のリベラルの一部には、「NATOの東方拡大を進めた欧米も悪い」など、ロシア側にも一分の理があるとの主張もあるが、国連憲章違反の侵略戦争を行ない、一般市民を殺害していることは、徹底的に批判されるべきだと私は思う。「どのような理由があれ侵略戦争は許さない」という機運を国際社会の中で高めていくことは「攻め込まれたらどうする?」と改憲をあおる動きに対抗していく上でも重要だろう。
↑遺体を埋葬しにきた親族。イルピン墓地にて。(撮影は志葉さん)
↑イルピン住人のルダさん。ロシア軍が無抵抗の民間人を殺害したと訴える。
↑イルピンの郊外に、ロシア軍に攻撃された民間人の車が集積されていた。
↑ボランティアのアントンさん。ロシア軍に攻撃された民間人の車から幾度も遺体を回収した。
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