(社会新報9月27日号)
新潟県は9月13日、11年に及ぶ東京電力福島第1原発事故をめぐる県独自の「3つの検証」の「総括報告書」を公表した。
本来なら前知事時代に検証総括委員長に任命された池内了・名古屋大名誉教授の下でまとめられ、報告されるべきはずのものであった。福島原発事故総括を柏崎刈羽原発の再稼働判断に生かすためには東電の適格性を議論すべきという、至極まっとうな池内委員長の主張に一切耳を貸さず、現在の花角知事はこの3月末に検証総括委員会を解体した。そして、専門家に代わって、3つの検証委員会の報告を県の行政当局が事務的に「総括」したのである。
この総括報告書は、「3つの検証委員会からの4つの報告書に記載された課題等を整理し、その上で整理した課題等を確認した結果、相反するものや矛盾および齟齬がなかった」とするものであり、まさに簡略かつ事務的な総括報告である。
この報告書に対し、池内前委員長は以下のように厳しく批判している。「まず概要だが、何が重要で何が重要でないかというメリハリがない。有識者で作った委員会報告を事務的に総括するなら、チャットGPTでもできる。各委員会報告については、例えば技術委員会報告について、原発建屋の4階には未解明問題が集中していたが、何も触れられていない。メルトダウンを東電が認めたのは事故2ヵ月後だったが、その隠ぺい性を書くべきだった」
また、避難検証委員会副委員長だった佐々木寛・新潟国際大教授も、「委員会で出された被ばくと避難に関する3つの意見を検証総括委員会が精査すべきだったのに、そのまま並記されただけ」と批判している。健康・生活検証委員会の委員だった木村真三獨協医科大准教授は、「委員会の中で、『国連科学委員会』の出している数値は問題があり、それを参照するのはダメと言ったのに、そのことが全く述べられていない」と語気を強めた。
そもそも、各委員会で議論になったが結論が出なかった問題や、各委員会にまたがる問題などを、総括委員会が介在してより良い結論を導き出すことが、池内前委員長の目指したことだった。もしそれができていたなら、新潟県の原発検証報告は日本の、いや世界の宝物となっていただろう。花角知事の罪は途方もなく重い。私たちは市民による検証運動を強化し、新たな地平を切り開いていかなければならない。