社会新報

真相を闇に葬る入管庁の罪-ウィシュマさんの死が問いかける-

(社会新報2021年9月29日号1面より)

 

名古屋出入国在留管理局に収容中のスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=が死亡した問題で、弁護士同席での監視カメラ映像の開示を求める遺族らと、これを拒否する出入国在留管理庁(入管庁)との話し合いが膠着(こうちゃく)している。入管庁は職員の不適切な対応を認め、当時の名古屋入管局長ら4人を処分し、謝罪した。ところが、入管庁が開示した行政文書はほとんど黒塗りで、ビデオ開示の弁護士同席も頑として認めない。入管庁の隠ぺい体質に、遺族らは「謝罪は口だけ」と批判を強めている。

ビデオ映像は、ウィシュマさんが死亡するまでの2週間分を2時間に編集したもの。8月12日は遺族のみに開示されたが、途中で遺族が体調を崩したため中断。2度目の視聴を予定した9月10日に、残りの50分が開示される予定だった。

弁護士の同席を拒否

だが、入管側はあらためて弁護士の同席を拒否。遺族と代理人の指宿昭一弁護士がこの日の視聴をあきらめて席を立つと、佐々木聖子入管庁長官が現れ、「残りのビデオを見て、シンハラ語に訳された報告書が出たら、故郷にとにかく帰って、お母さまに報告した方がいいのではないか」と、”早期帰国”を繰り返し促してきたという。この発言に、ウィシュマさんの妹・ワヨミさん(28)は、「こんな状況で帰ることなど絶対できない。全記録を持って帰るつもりだ」と強く憤る。

ワヨミさんは8月にビデオを視聴した後、お風呂やトイレなどの狭い空間に入ると映像の状況を思い出してパニックになることもあった。このため2度目の視聴では、看護師や臨床心理士らを待機させることなどが入管庁側から提示された。一方、立ち会いはあらためて拒否された。理由について入管庁は、「人道上の配慮で開示するため、第三者が見ることは考えていない」「法律で決められている」と説明したという。ワヨミさんは「代理人がいれば法律的な説明を受けられ、心理的な負担が減る」と再考を求めている。

全て黒塗りの異常さ

「危機意識に欠けた」などとして職員を処分した入管庁だが、事実解明には一貫して後ろ向きだ。弁護団は8月17日の会見で、請求していた1万5113枚の行政文書が開示されたと報告した。開示費用は15万6000円。9割超が看守の勤務日誌で、他に面会簿なども出たが、全て黒塗りだった。指宿さんは「秘密主義もここまで来ると冗談のようだ。真っ黒な紙は入管の闇を表す。(上川陽子法相は)口では『心からおわび』『深くおわび』と言うが、どこがだと言いたい」と怒りに声を震わせた。ワヨミさんは「映像も黒塗り文書も、(最終調査)報告書も、とても母に言えない。スリランカでは日本は良い国と思われてきたが、印象が変わった」と非難した。

こうした入管庁の対応は、報告書やこれまでの説明に虚偽があり、その発覚を恐れているとしか思えない。実際、ビデオを見た遺族は報告書との食い違いを指摘している。例えば、ビデオの中でウィシュマさんは、「セーライン(点滴)」と繰り返し点滴を求めたが、職員は「私たちは医者ではない」と言って対処しない。一方、これまでの入管庁の説明は、「職員は英語を理解できなかった」だった。

ベッドから落ちたウィシュマさんが23回も助けを求めても、2人の女性職員は抱き起こそうともせず、「自力で上がって」「私たちにはできない。朝までここにいて。他の人の迷惑になるから大声は出さないで」とブランケットを一枚かけただけで立ち去っていた。これらのやりとりは、ビデオで初めて明らかになったものだ。

報告書は責任が曖昧

報告書にも曖昧な部分が残る。亡くなる3週間前のウィシュマさんの尿検査結果について、総合診療科医師は「生体が飢餓状態にあることを示唆」「代謝障害を起こしている可能性がある」などと指摘していたことが分かっている。ところが報告書には、「看護師は『(内科医に)尿検査の結果を報告した』と述べた」「内科医は『報告を受けたかどうかの記憶は定かではない』と回答した」としか書かれておらず、責任の所在が曖昧にされている。ある元検事は、「看護師が内科医に報告していたことが認定されれば、治療を怠った結果、亡くなったり体が衰弱したりしたとして、業務上過失致死や過失致傷罪に問われる可能性がある」と話す。

これまで入管庁は、被収容者を「管理する」ことを優先し、人命保護や人権尊重は二の次だった。その結果、2007年以降で全国の施設で17人の死者を出した。収容の是非についての司法審査もなく、収容期間の上限設定もない日本の入管行政の現状は、国連や米国務省などから再三、批判されてきた。

ウィシュマさんの死を無駄にしないために何ができるのか。今後、国会で徹底的な議論が必要だ。役所の責任回避のために、いかなる人命や人権も軽視されてはならない。

 

出入国在留管理庁

2019年4月に発足した法務省の外局で、略称は入管庁。外国人労働者の受け入れ拡大に対応するため、18年12月の出入国管理法改正に伴い、同省の内部部局・入国管理局を再編・格上げして新設された。出入国管理、在留管理(中長期在留者および特別永住者)、外国人材の受け入れ、難民認定などを管轄する。長官、次長、審議官2人を置き、職員数は、入国審査官3983人を含め全体で約6020人。国連の部会は20年、日本の無期限収容を恣意(しい)的拘禁と認定し、批判する意見書を公表している。

 

 
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