【憲法特集号に寄稿】「『緊急事態条項』新設案の嘘」~慶應義塾大学名誉教授・憲法学者 小林節さん
1、改憲が目的化している自民
私は40年以上も自民党の改憲論者と付き合ってきた。結論として、私は、自民党は「改憲」すること自体が目的でその内容などどうでもよいと考えていると思うに至った。なぜならば、後述するように、彼らが考えている「改憲」案が、現実には改憲の必要がないものを国民にうそをついて通そうとするものだからである。
2、維新と国民民主が自民に近づいてきた
そんな自民に、与党であることが組織の安泰のために一番重要だと腹をくくった観の公明は、結局は同調するだろう。しかし、この2党だけでは国民投票で過半数を得るには不安である。ところが、東日本大震災、コロナ・パンデミック、ウクライナ戦争と非常事態が続いたために、有権者が「緊急事態条項」の新設なら理解を示すと読んだ自民が、「お試し」改憲の題材を、そこに絞ったようである。同時に、世論に敏感な維新と国民民主が同条項に関心を示した。
その結果、改憲をめぐる政治状況は一変した。まず、これまでの自・公「与党単独」から、維・国も加わった「与・野党(?)相乗り」の構図に変わり、印象が改善された。加えて、4党の支持者を合算すれば国民投票での過半数も得られそうに見えてきた。だから今、「緊急事態条項新設」案で、改憲の国民投票が提案されかねない段階に至っている。
3、緊急事態条項新設案の根拠は「?」
しかし、「護憲派」が恐れる必要はない。なぜなら、自民党の緊急事態条項新設案の根拠は「うそ」だから、それを主権者国民に知らしめるだけで、そんな提案は簡単につぶせるからである。
自民党がパンフレットなどで説明している緊急事態条項の必要性の根拠は、次のものである。
「有事や大規模災害の時に、国民の生命、身体、財産を保護することは国家の最も重要な役割である。そのための規定はほとんどの国の憲法に盛り込まれている。(しかし、日本国憲法にはそれがないから)それを憲法上に明記しよう」
しかし、この説明は「真っ赤なうそ」である。まず、国民生活に憲法が直接適用されることは、例外的な人権救済の場合の他にほとんどない。普段、国民生活には「法律」が適用される。現に、戦争という有事には国民保護法等があり、大災害には災害対策基本法等があり、パンデミックには感染症対策基本法等がある。つまり、緊急時の国民の生命、身体、財産を保護する法制度はすでに整備されている。だから、現行憲法の中にその根拠規定が「ない」はずはない。事実、憲法の12条と13条には、国民の「人権」といえども「公共の福祉」に従わなければならない場合がある旨が明記されている。だから、非常時には「国の存続」や「地域社会の機能の維持・回復」、つまり「公共の福祉」が人権に優先する場合があることは、上記有事法制(法律群)によって具体化されている。
つまり、自民党が言う「緊急事態法制の根拠規定を憲法に明記しなければならない」との主張は、単に「改憲」を実行したいための「うそ」にすぎない。
4、論破すれば止められる
今、自民党を中心とした改憲勢力は、憲法と法律の関係などを正しく理解してもいない評論家などを活用して、全国で改憲キャンペーンを展開している。
その主張は驚くべき内容である。同党の2012年の改憲草案と2018年の改憲4項目によれば、緊急事態条項の要旨は次のものである。
「首相が緊急事態を宣言したら、首相は、本務の行政権に加えて、国会から立法権と財政処分権を奪い、自治体に対する命令権も持つ。そして、私たち国民は公の命令に従う義務を負う」
こんな憲法条文が不必要なことは明らかである。皆で堂々と論破して止めてしまおうではないか。
社会新報ご購読のお申し込みはこちら