ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏(2019年死去)の性加害問題を取り上げた英BBCのドキュメンタリー番組の余波が続いている。
元ジャニーズ・ジュニアによる告発をウェブメディアが精力的に報じたことで、旧来のメディアやスポンサーなど利害関係者による「忖度(そんたく)と黙殺」の構図が崩れ、無視できなくなってきているためだ。ジャニーズ事務所もようやく対応に乗り出した。業界の古いしきたりに変化が出始めている。
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BBCが「J―POPの捕食者 秘められたスキャンダル」を放送したのは今年3月。4人の男性がジャニー氏から受けた性被害を告発した。内容は生々しく、真実性を帯びていた。オーディション後、合宿所でジャニー氏から風呂に誘われて「全身、お人形みたいに洗われた」ほか、別の日の夜に性暴行を受けたという。男性の一人は「みんな我慢していた。(相談できる)大人はいない、相談できる環境もなかった」と打ち明ける。つらい過去を思い出したのか、インタビューの途中に口を抑えてその場を離れるシーンも記録されていた。衝撃的な告発だが、国内メディアはBBCの報道内容にほとんど触れなかった。
カウアンさんの告発
しかし、約1ヵ月後の4月12日、元ジャニーズ・ジュニアのカウアン・オカモトさん(26)が日本外国特派員協会で会見し、2012年~16年に15~20回にわたって性暴行を受けていたことを告白すると流れが変わり始める。多くの新聞(一般紙)が会見を報じ、朝日新聞は社説で「ジャニーズ『性被害』 検証が必要だ」と大きく書いた。
だが、テレビの動きは鈍かった。NHKは会見翌日にようやく放送。日本テレビやテレビ東京は数日後にウェブニュースで報じたが、全く報じない局もあった。メディア関係者によると、会見を取材したテレビ記者の多くは報道したがっていたが、上層部から許可が得られなかったという。
テレビ各局は報道だけでなく、ドラマやバラエティー番組も抱える。ジャニーズ事務所をはじめ、タレント事務所との関係も強い。CMでタレントを起用するスポンサーや広告会社への配慮も必要になる。カウアンさんの告発を「報道」として扱ったとしても、他の番組に影響が出る恐れがあるーーそう判断されたようだ。
ネット番組が外圧に
これまでなら、メディアとタレント事務所、スポンサーら利害関係者による暗黙の了解で、タレントの告発を「黙殺」することができたかもしれない。だが、その構図はネット番組の台頭で崩壊しつつある。
カウアンさんは特派員協会での会見後、元朝日新聞記者の尾形俊彦さんが編集長を務めるユーチューブ番組「Arc Times」に出演して被害を告白したほか、「たかまつななチャンネル」など複数のネット番組に出続けた。流れにあらがえず、ジャニーズ事務所は所属タレントへのヒアリング調査に踏み切ったが、それを最初にスクープしたのもArc Timesだ。
構図が崩れたもう一つの要因として、業界の因習に厳しい目が注がれるようになってきたことも大きい。公正取引委員会は19年、ジャニーズ事務所がテレビ局などに対し、元SMAPの3人を出演させないよう圧力をかけた疑いがあるとして調査。独占禁止法違反につながる恐れがあるとして注意を出した。ジャニーズ事務所は「圧力の事実はないが、調査を受けたことは重く受け止め、誤解を受けないように留意したい」とコメントした。公取委の調査を機に、「逆らえばテレビから干し上げる」という“脅し”は通用しづらくなっていた。
文春との裁判で確定
ジャニー氏の性加害問題は、週刊文春とジャニーズ事務所の訴訟(04年に最高裁で確定)でも真実性が認定された。カウアンさんが事務所に入所する前のことだ。しかし、当時のメディアが積極的に報じることはなかった。「報じたらジャニーズ所属のタレントを引き揚げられ、視聴率や広告収入に影響する」という恐れや配慮があったのではないか。判決確定後もジャニー氏の性暴行は続いた。カウアンさんは「(性加害を)知っていたら、入所しなかったと思う」と打ち明ける。つまり、メディアの沈黙が生み出した被害者なのだ。
カウアンさんは過去の被害を打ち明けられないことに苦しみ続けたが、BBC報道を見て「目をそらしていていけないと背中を押された」と語る。カウアンさんの勇気を後押しする動きも広がりつつある。5月11日には、ジャニーズファンらによる「PENLIGHTジャニーズ事務所の性加害を明らかにする会」が会見し、被害者の声に向き合い、適切な支援や再発防止措置をとるようジャニーズ事務所に求めた。
スポンサー企業にも動きが出始めた。週刊文春のアンケートに、複数の大手企業が「性加害行為は許されない」「いかなるハラスメントも許容しない」と回答した。ジャニーズ事務所もここにきて対応を開始。14日に社長の謝罪動画と文書を公開した。
タレントの人権被害を大人たちが握りつぶせる時代は終わった。ただし今回は、海外報道やネットメディアという「外圧」で動き出したという点に留意が必要だ。一芸能事務所のスキャンダルにとどめず、メディアも自ら検証する必要がある。
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