月刊社会民主

連載「働き手ファーストのつくり方」〈25〉「惨事便乗型働き方改革」-コロナと五輪の二重苦の下で進むただ働きの横行や派遣の規制緩和-

(月刊社会民主2021年6月号)

 

コロナ禍は、働き手を2つの苦境に陥れた。感染への不安と解雇や仕事の減少による貧困だ。そこに、五輪が「ボランティア」という名のただ働きで追い打ちをかける。緊急事態宣言で情報交換も集会も制限される中、「惨事便乗型働き方改革」とでもいうものに、私たちは直面させられている。

 

看護師500人の「ボランティア」

 代表例が、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会による五輪期間中の看護師派遣要請だ。

 4月26日付毎日新聞によると、同委員会は9日、日本看護協会に対し、新型コロナの感染拡大による看護師不足に対応するため、大会期間中、500人の看護師の確保を求める要請文を送ったという。要請では、日数は原則5日以上、活動時間は1シフト当たり9時間程度とされ、同委員会は、活動中の飲食、交通費、宿泊施設、各種賠償保険などを提供するとされている。驚くことに、ここには、日当や報酬の記載がない。コロナ禍で医療がひっ迫する中、五輪のためにただ働きの看護師を確保せよ、ということだ。

 同月28日に開かれた国会では野党側から、この要請について質問が出た。これに対し田村憲久厚生労働相は、「東京のことは東京で、全てのワクチンもそれからコロナ対応の医療適応体制も、東京都が絡んでいるところでございますから、その中においてしっかりと対応をいただけるものだというふうに考えております」と回答している。感染症の特徴は、自治体の境界を超えて広がることだ。だからこそ国としての戦略が問われるはずだ。

 こうした中で、「コロナ禍で看護師不足の現場にこそ派遣を」と、愛知県医療労働者連合会がツイートを発信し、「ツィッター・デモ」として大反響を呼んだ。

 5月1日のメーデーには、感染拡大下の都内でのリアル・デモも行なわれた。「生き抜くために闘おう2021メーデー実行委員会」の主催で、看護師、病院職員、保健所職員たちが「オリンピックに医療労働者を動員するな」「看護師の派遣要請を断固拒否する」と訴えたデモだった。

 

ボランティアという名の徴用

 このような、五輪のためのただ働き要請は、実は医療だけではない。

 16年、同組織委員会は、開会期間中の通訳スタッフに、1日8時間、10日間の業務を無償で課す通訳ボランティアを呼びかけた。「ボランティアは進んで参加するという意味。ただ働きという意味ではない」「通訳という高スキルの仕事を大量に、無償で提供させることは、通訳業を圧迫する」と、批判が巻き起こった。

 18年には、スポーツ庁と文部科学省が、全国の大学と高等専門学校に対し、東京五輪の日程に配慮して20年の授業スケジュールを作成するよう求める通知を出した。期間中の学生ボランティアを調達するためだった。

 ジャーナリストの本間龍さんは、高齢者ボランティアだと酷暑の大会では熱中症が問題化する恐れもあるため、無償の過酷労働力として若者を標的にしたと指摘する。「学徒動員」とも呼ばれた事態である。加えて、ボランティア研修の受講が有料という場合もあり、学生は、ただ働きと研修費の持ち出しで二重に食い物にされかねないとの懸念も出た。

 大学は補助金に縛られ、政府の要請をむげにはできない。つまりは、「ボランティア」という自発性を意味するネーミングをかぶせた「徴用」だ。人件費をぎりぎりまで下げる「五輪の労務政策」が見えて来る。

 

看護師の日雇い派遣も

 働き手を悩ませるのは、五輪だけではない。コロナ禍を理由にした看護師の労働者派遣も、この間、拡大された。

 派遣労働者は、派遣会社と労働契約を結ぶ。このため働く先での労働権の行使が難しく、究極の不安定労働とされてきた。1999年に労働者派遣が原則自由化された当時も、看護師など医療職の労働者派遣は禁止だった。医療現場で求められる高度なチーム連携が、不安定な派遣労働では難しいとの理由からだった。だが、03年、「高度なチーム医療」ではなく日常生活を支える業務だからと、社会福祉施設への看護師派遣が解禁された。

 そして、今年4月、コロナ禍でのワクチン接種に限定することを条件に30日以下の「日雇い派遣」も認められるようになった。

 日雇い派遣は、契約期間が短いため、とりわけ不安定な働き方だ。人の生命を預かる医療者の質を確保する意味から問題とされている。コロナ禍の下では、フルタイムで常時働ける看護師にニーズが集まり、日雇い看護師の需要を疑問視する声も少なくない。

 にもかかわらず、「ワクチン接種」という反対しにくい理由付けを利用して解禁されたのは、派遣業界のビジネス拡大要請があったからと見られている。

 派遣料金の手数料は、2割から4割程度。中には6割から8割程度という例もある。人が働くたびに、賃金に還元されるべき資金の一部が、派遣会社に流れ込む仕組みだ。医療は人の生命に関わり、ニーズが大きい業界だ。「小さく生んで大きく育てる」ことで、将来、大きな利益を生む。

 

二重苦は鍛錬の場所

 「五輪」と「コロナ」という、誰も反対できない二大大義名分の下で、ボランティアという「徴用」や、命を預かる業界での派遣労働の拡大が進められる。

 米ワシントン・ポスト紙はIOCのバッハ会長を「ぼったくり男爵」と呼んだが、これらの五輪関係者や派遣会社などに働き手の取り分を流し込む仕組みが、こうして完成されていく。

 ジャーナリストのナオミ・クラインはその著書『ショックドクトリン』の中で、国家の破壊や崩壊、作られた戦争、自然災害といった「惨事」に便乗してもうけることを、「惨事便乗型資本主義」と呼んだ。その文脈で言えばいま、私たちが直面しているのは、「惨事便乗型働き方改革」と呼べるものだ。

 これに対抗するには、大義名分に目を奪われず、それが働き手たちの分配にどのような悪影響を与えているのか、その結果、社会がどのように壊されていくのかを見抜き、看護師派遣の際のデモのように、見える形で情報を共有していくことだ。

 五輪とコロナの二重苦は、そうした目を養うための鍛錬の場所でもある。