映画『愛国の告白―沈黙を破る・Part2―』紹介 「道徳的な占領軍はない」~元兵士たちの勇気ある証言
(社会新報11月9日号2面)
人間は考える葦(あし)である。
イスラエル国民を守るため兵として勤務していた自分は、祖父や父の年齢のパレスチナ人に命令を下していた。自分が彼らの行動や命さえ握っていたのだ。除隊してから振り返る。あれは一体何だったのか? 万能の権力に中毒になっていたのではないか? 彼は考える。考えたなら新たな行動に向かう。政治や社会に参加(アンガージュマン)する。パスカルとサルトルの哲学を、人は日々生きる 。
長編ドキュメンタリー映画『愛国の告白―沈黙を破る・Part2―』(土井敏邦監督)を見ながら、私もさまざまなことを考えた。ウクライナに侵攻したロシア兵の中から戦闘忌避者や投降希望者が増えていることと、元兵士だったイスラエルの若者の考えと行動は通じるところがあるのではないか。ロシア兵は粗悪な装備で訓練も受けずに戦場に駆り出される不安が大きな要因かもしれない。だが、自分の命を考えた延長に他者の命についても考えることはあり得るはずだ。
イスラエル兵だった時の自分の非を悟り、考えたこと、体験したことを語り始めた男が2004年に立ち上げたNGO「沈黙を破る」は、元兵士たちの衝撃的な発言を世界に発信し、占領地パレスチナの人々の犠牲や不安を訴えてきた。結果、右傾化を強めるイスラエル国内にあってこの組織は政府や右派から非国民呼ばわりされ、身の危険さえ感じるようになった。時の権力に不都合な思想や行動を「人民の敵」として決めつけ迫害するのは、ヒトラーやスターリンなど多くの独裁者がやってきたことだ。だが、「沈黙を破る」の活動が弱まることはない。いっそう、自分たちの活動に信念を抱く。ニュース映像や個人の映像を随所に配しながら本作は証言者たちの真摯(しんし)な表情を捉える。顔も名前も明かしながら証言する彼らの勇気をたたえたい。
イスラエルの軍隊はパレスチナ人に対して道徳的な占領軍だと国は言うが、「沈黙を破る」の創設者ユダ・シャウールは、「それはあり得ない」と映画の終わりに言う。パレスチナの住民をその住居から追い出して入植者を入れる占領政策が道徳的であるはずはないのだから、と。いまイスラエルのサイトでは、ウクライナから逃れたユダヤ人を入植に誘うキャンペーンがさかんに展開されている。(田中千世子)