社会新報

長生炭鉱でついに遺骨収容 ~ 国の責務で調査発掘を

遺骨発見の状況を話す(左から)井上共同代表、伊左治さん、金京洙さん、金秀恩さんら。(8月26日、山口県宇部市)

ボートで「沖のピーヤ」に向かう 金京洙さん、金秀恩さんら。(同)

発見されたご遺骨。頭蓋骨(右)と大腿骨など。(刻む会提供)

 

 戦時中、水没事故で183人が犠牲になった「長生炭鉱」(山口県宇部市)の坑道から8月25、26日、犠牲者のものとみられる遺骨が初めて見つかった。地元の市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(刻む会)」がダイバーらと一つひとつ壁を乗り越え約1年。「遺骨の位置が分からない」「安全性に懸念」などと言い訳を重ねてきた国は、逃げ道をふさがれた。

 長生炭鉱の水没事故は日米開戦2ヵ月後の1942年2月3日、炭鉱の入口(坑口)から約1㌔沖で発生した。犠牲者183人のうち136人が朝鮮人。坑道が浅く、危険な炭鉱として地元では敬遠され、朝鮮人労働者が多く集められていた。

 刻む会は10年前から遺骨の収容・返還を目標とし、国に財政面や技術面の支援を求めてきた。しかし国は動かず、刻む会はクラウドファンディングなどで資金を集め、昨年9月、独自に坑口を掘り当てた。閉鎖環境を専門とする水中体験家の伊左治佳孝さん(37)の申し出により、坑道への潜水調査が実現した。

 伊左治さんは、まず坑口から潜水したが、200㍍付近に崩落があり、岸から300㍍地点にある「ピーヤ」(排気・排水塔)からの迂回(うかい)に切り替えた。最深部が43㍍もあることから、ピーヤ内に減圧装置も設置。坑道に命綱を設置したり、緊急用のガスタンクを設置したりしながら、8月8日に本坑道へ入ることに成功した。

積み重ねの成果

 続いて行なわれた8月25、26日、6回目の潜水調査。伊左治さんはケガのため、韓国から来日した金京洙(キム・ギョンス)さん(43)、金秀恩(キム・スウン)さん(41)が潜水した。前回、伊左治さんが到達した本坑道付近で、25日は3本の遺骨、26日には頭蓋骨を収容した。坑口から約500㍍地点で、岩にふさがれた手前に複数人の骨や靴があったという。金秀恩さんは「きのう確認したより、さらに多くの遺骨が残っている可能性がある」と述べ、金京洙さんは「伊左治さんの積み重ねがあってこそ発見につながった」とねぎらった。伊左治さんは2人をたたえ、「潜水調査を繰り返せば遺骨収容できることが実証できた。次のフェーズに入っていける」と期待を込めた。来年2月、世界各地のダイバーを招き、事故現場を含む坑道全体を調査、全遺骨収容を目指すプロジェクトを計画している。

 潜水調査を見守った日本人遺族は「祖父は若くして命を落とし悔しかったろう。坑口が見つかってから1年、刻む会や伊左治さんたちの勇気によってこうして遺骨が見つかった」と涙ぐむ。

日本政府は動くか

 山口県警の鑑定で骨は左大腿骨、左上腕骨、左橈(とう)骨と、頭蓋骨と確認された。「政府の機関が人骨と認めたことは大きい。政府は何らかの対応を考えざるを得ないところに来ている」と刻む会の井上洋子共同代表。DNA鑑定なども求めていくという。

 国は戦没者遺骨収容推進法に基づき遺骨収集やDNA鑑定を実施しているが、戦没者とは「戦闘行為での犠牲者」で、長生炭鉱の犠牲者は「該当しない」という立場。戦時中の民間徴用者の遺骨については、2004年の日韓首脳会談を受けて毎年約1000万円の調査予算が計上されているが、厚労省は「(寺などで安置し)見える遺骨だけが調査対象」とし、長生炭鉱は「埋没位置や深度などが明らかでないため調査は困難」と突っぱねてきた。

 一方、石破首相は今年4月の参院決算委で社民党副党首の大椿ゆうこ参院議員(当時)の質問に対して「遺骨が安全な作業によって発見され、遺族のもとへ帰っていくことの重要性は、私自身よく認識している」「国はいかなる責任を果たすべきか、政府として判断していく」と答弁。厚労省は専門家への聞き取りも始めた。しかし、8月19日の刻む会との交渉では「新たな知見はない」など消極的な回答。福岡資麿厚労相は遺骨発見後も「安全性の懸念がある」と、財政支援の可能性を否定している。

 韓国遺族会の楊玄(ヤン・ヒョン)会長は「その方々を日本政府が一日も早く収拾して故郷の地で永眠できるように」と訴える。井上共同代表は「日本が起こした戦争、強制連行、強制労働の象徴のような遺骨を故郷にお返しすること。それが日本政府に課せられた誠意、責任だと強く思う。この遺骨に応えてほしい」と強調した。刻む会は9月9日、遺骨発見後初めての政府交渉を行なう予定だ。