社会新報

【長生炭鉱追悼集会】 ダイバーの死で活動一時休止 ~ スーさんの遺族は活動継続を望む

収容された遺骨と対面。祖父が犠牲になった韓国の遺族(左)は頭蓋骨を抱き締めた。(6日、宇部市)

 

追悼集会であいさつするラサール石井議員。(7日、宇部市)

 

翌日からの潜水調査を前に記者会見するウェイ・スーさん(左から2人目)らダイバー。(5日、宇部市)

 

事故を受け会見する伊左治さん(左)、井上代表(中央)、上田事務局長。(8日、宇部市)

 

緊急通報を受け、ピーヤに向かう救急隊。(7日、宇部市)

 

太平洋戦争中の1942年2月3日、山口県宇部市の旧長生炭鉱で起きた水没事故から84年。遺骨収容のための潜水調査に向かった台湾出身のダイバーが2月7日に亡くなった。遺骨収容に取り組む地元の市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」主催の追悼集会中の悲報だった。

長生炭鉱の水没事故では、朝鮮人労働者136人を含む183人が犠牲になった。刻む会は水中探検家の伊左治佳孝さんの協力で一昨年から潜水調査を実施。昨年8月、初めて遺骨が収容された。刻む会は「2月遺骨収容プロジェクト」と銘打ち、大がかりな潜水調査を計画。ボランティアで参加した海外のベテランダイバー5人のうちの1人が、亡くなったウェイ・スーさん(57)だった。

刻む会は11日まで予定していたプロジェクトを中止し、8日、市内で記者会見を開いた。伊左治さんは、一緒に潜った2人のダイバーからの聞き取りや「リブリーザー」(呼吸を循環させる機器)の記録などから事故当時の状況を説明した。

潜水調査は2チームが隔日で行なう日程。7日はスーさんとタイ出身のダイバー2人が担当した。沖のピーヤ(排水・排気塔)から順番に潜り、スーさんは2番目。先頭のダイバーが、スーさんが来ないため振り向くと、ピーヤ内から坑道内に入る接続部でけいれんを起こし、呼吸具が外れていた。何らかの理由で高酸素状態が続いて酸素中毒となり、けいれんを起こしたとみられるという。事故は潜水直後、坑道に入る手前で起きたことから「長生炭鉱のリスクとは関係ない」とも指摘した。

スーさんは「リブリーザー」の指導者を指導するベテラン中のベテランで、イングリッシュネームの「ビクター」が愛称。伊左治さんとは国内外で活動を共にし、5日の記者会見では「(沖縄)南大東島で佳孝さんにこのプロジェクトの話を聞き、ぜひ貢献したいと思った。非常に高度な技術と専門的な潜水知識が求められる。私たちのようなダイバーにこそ可能な任務」と意気込みを語っていた。

伊左治さんは「彼は自分の意思で参加し、自分の技術をもって潜水している。僕のやっていることに協力することがうれしいと言って来てくれた」と絶句。「刻む会、ご遺族、一方で政府の責任でもない。自分たちは各々がプロとして自らの責任で、自らの判断で潜水している。彼は誇りをもってその選択をしたと思う」と声を振り絞った。

追悼集会に800人

遺骨収容が本格化する中で7日に開かれた今年の追悼集会には、800人もの参加があった。井上代表は、1月の日韓首脳会談で遺骨のDNA型鑑定で協力する合意がなされたことに触れ、「日本政府が、政府として関与するその第一歩を引き出した。遺族の皆さまに一人でも多くご遺骨をお渡ししたい」と述べた。

追悼集会前日には昨年8月に続いて頭蓋骨などが収容された。韓国遺族会の楊玄(ヤン・ヒョン)会長は「84年という長い歳月を経て、遺族が長年切望してきたご遺骨と対面がかなった」と謝意を述べ、「真相究明と公式的な謝罪、正当な責任が果たされるその時まで、私たちは声を上げ続けていく」と訴えた。来賓のラサール石井参院議員(社民)は「やるべきことはたくさんある。長生炭鉱の問題を突破口に、われわれに課せられた謝罪の問題なども進むことを願っている」とあいさつした。韓国からは国会議員5人、行政安全部過去事関連業務支援団長らも来日し、刻む会に行政安全省長官賞が授与された。日本政府関係者の姿は今年もなかった。

集会中盤、伊左治さんらダイバー3人があいさつに立った。まさにその時、伊左治さんのスマホに着信が入り、事故の一報が入った。

スーさんの遺族「活動継続を」

スーさんの葬儀は11日、遺族、ダイバー、刻む会のメンバー、ラサール石井議員が参列して営まれた。13日、遺骨とともに帰国する遺族を空港で見送り、井上代表は「ご遺族の意向と、この間の報告」と題したコメントを発表した。遺族は、スーさんがこの地を訪れた理由が「多くの人の力になりたい」という強い思いだったとし、刻む会に対し、「2人目の犠牲者が出ないように、安心・安全を保全した上で、こういった活動は有意義なので、ぜひ活動を継続してほしい」と伝えたという。

事故を受け刻む会は「今後、時間をかけて検討したい」と、いったん活動を休止。井上代表は「傷心の中にもありがたい言葉をいただき感謝にたえない。とどまることなく歩み続けることができるよう努めたい」と記した。