(社会新報2021年5月12日号4面より)
「安倍から菅」への政権移行とは、結局のところ“新型コロナと変異ウイルスの違い”でしかなかった。菅政権による「敵基地攻撃問題」の扱いから、そう断定できる。用語を「スタンド・オフ防衛能力」と言い換えて押し通そうとする手口に、いっそうの悪知恵も感じられる。「変異ウイルス」と同様、菅政権の「スタンド・オフ防衛能力」の方こそ、より戦争の危機増大と憲法破壊の狙いが秘められている。「敵基地攻撃」を「スタンド・オフ」と横文字に置き換える操作によって本質を覆い隠してしまったのである。
アショア断念が発端
今年度予算には、“新ネーミング”の下、「南西諸島ミサイル基地化」を中心とする1,000億円超の基地建設、新兵器調達経費が盛り込まれた。さらに、バイデン大統領との首脳会談において、「台湾海峡の平和と安定」という共同目標も設定された。このまま事態が進行すれば「平和憲法下の交戦権」が定着してしまうのは必至。「憲法を守り活(い)かす」には“強力な防疫措置”で対抗するほかにない。
発端は、安倍政権が意図した「イージス・アショア基地の断念」にあった。秋田県と山口県に突然指名された「地上発射型弾道弾迎撃システム」設置計画。この降って湧いた基地新設に両現地周辺の住民はこぞって反対し、ついに白紙撤回させた(中止発表は20年6月15日)。自衛隊基地に「待った」をかけ、断念させた例はあまりない。地元の民意が政治を動かした希有(けう)のケースとして記憶されよう。
ただし、安倍首相は引き下がらなかった。3日後の記者会見で「新しい方向性を打ち出す」と表明。イージス断念とバーターのかたちで、目標を「敵基地攻撃能力保有」に転換させた。「断念発表」から3ヵ月も経たないうちに「安倍辞任」に至る。だが、辞意表明から退任までの間に、「小野寺委員会」の設置(8月4日報告)、9月11日には「談話」を公表、「敵基地攻撃能力は必要」とする路線を後継・菅政権に継承させた。「小野寺報告」は、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有が必要」とし、攻撃目標を敵基地の外にも拡大させる提言だった。こうした枠組みがつくられ、それを受け継ぐかたちで菅内閣は成立した。
その菅政権により採用されたのが、「スタンド・オフ防衛能力強化」という“変異ウイルス”への転換だった。12月18日の閣議決定文書に「敵基地」や「相手領域」の文字はない。しかし、「脅威圏外からの対処を行なうためのスタンド・オフ防衛能力の強化」と、「敵基地」は避けたものの「スタンド・オフ能力」という表現を用い、実態をあいまいなものとした。軍事用語で、スタンド・オフ=遠隔攻撃だから、両者は同義だ。
それが今、「南西諸島」―鹿児島県から台湾のすぐそばまで、1,000km以上に伸びる島々への配備計画として進行しているのである。奄美大島に2ヵ所、石垣島、宮古島に駐屯地を新設、そこに「12式(改)誘導弾」の部隊を配備する(石垣駐屯地以外はすでに開隊)というものだ。さらに台湾そばの与那国島には「電子戦中隊」も追加配備される。
主装備となる長射程型「12式改誘導弾」の攻撃力は1,000km以上におよぶ。南西諸島からは、台湾海峡のみならず上海、南京も攻撃圏に捉えられる。加えて、護衛艦「いずも」の空母への改造と艦載機F35B戦闘機の新田原基地(宮崎県)配備も計画中だ。
仮想敵=中国の復活
4月17日の菅・バイデン会談の後、首相は会見で、「東シナ海や南シナ海における力による現状変更の試みに反対することでも一致した」と述べ、「台湾海峡の平和と安定の重要性は日米間で一致しており、今回改めて確認した」と中国への敵意をあらわにした。その意味するところは、72年の日中国交正常化により「自然消滅」したはずの仮想敵国=中国の復活であり、かつ「南西諸島ミサイル基地群」が台湾海峡と中国沿海部に向けて配置につく近未来に行きつかざるを得ない。
菅政権が継承した「敵基地攻撃」政策は今、そんな段階に至った。憲法の危機、というより「戦争の危機」と言うべきだ。「憲法を守り活かす」とは、このような企図に「真の東アジア安全保障構想」を提案、対峙(たいじ)することしかない。