
(左から)佐々木、竹信、杉浦の各氏。
「市民社会」の危機
新潟国際情報大学教授(政治学) 佐々木寛さん
今回の選挙では、何よりも、長年にわたり国民の生活に背を向け、裏金政治を温存する自公政権が明確に“NO”を宣告され、来るべき政権交代に道を開いたこと、またその背景として、32の1人区のうち17選挙区で「野党共闘」が実現し、自民を追い詰めたことなどが成果として挙げられる。
しかし自公の凋落は、必ずしも立憲主義や「リベラル」の復調を意味しなかった。かねてより“安倍以後”の政治の方が危ういと論じてきたが、今回は戦後民主主義の価値を公然と敵視した政党が台頭した。昨年の米大統領選のように、社会の矛盾や不安は、与野党含め「既存の政治」全体が矛先となり、立憲主義や社会民主主義というより、むしろナショナリズムや排外主義へとなだれ込んだ。
かつてB・バーバー氏が『ジハードvs.マックワールド』で分析したように、経済のグローバル化(マックワールド)が進行することで、世界は一つになるのではなく、むしろ社会内部に差別や偏見、憎悪や怨嗟が醸成され、相互扶助と対話を旨とする民主主義や市民社会の基盤が壊されていく。ファシズム化する世界共通の「危機」にこそ目を向けるべきだろう。
今後さらに流動化する政治状況の中で、政党や市民運動を含め、「市民」的な諸価値に基づく政治勢力は、再び戦争の時代へと導かれようとする歴史の慣性に、いかに抗えるのかが試されている。
「社会保障の終わり」を防げ
ジャーナリスト 竹信三恵子さん
今回の選挙は、日本社会が前提としていたさまざまな基盤が地割れを起こし、既成政党が立ちすくむ中で行なわれた。それは、「社会保障の終わり」という足元での転換も予感させるものとなった。
急激な物価高の中で、「手取り増」「減税」の公約は、一時的な緊急対応としてなら当然の措置だ。だが、それを消費税廃止という恒久的な「税金減らし」へと一気に結び付ける動きが目立ち、富裕税などの代替財源も争点にならず、一方、軍拡という野放図な金食い虫の是非も問われなかった。このままでは、社会保障の財源確保は絶望的だ。
躍進した国民民主や参政党は、これらについて財源ぬきのお手軽な解決策を示し続けた。終末医療への攻撃や「日本人ファースト」。つまり、高齢者や外国人への差別をテコに特定の住民を排除し、残りの住民が公的資金を独占するという策だ。
だが、財源が減り続ければ排除される枠は広がり、いずれ「日本人」であってもそちらに仕分けされる。公共サービスの料金も上昇し、手取り増どころか可処分所得は減る。公的ケアが不足し、サービスを買えない層は働きに出られず、貧困が加速する。
今回の選挙結果は、こうした公共への想像力を人々に取り戻させる活動の緊急性を私たちに語りかけている。それは、「社会保障の終焉元年」を防ぐ第一歩ともなる。
有権者に響く言葉を
弁護士 杉浦ひとみさん
参院選の結果で2つの点が気になる。
一つは、国政の行方。もう一つは有権者の行動である。
自民大敗だが石破首相は続投を表明。大手紙が辞任報道を流したものの、石破首相は辞任を否定。18年前の参院選で自民大敗後、石破氏が当時の安倍首相に退陣を迫ったことが指摘されるが、留意すべきは、当時と今では政治の構図が大きく異なっている点だ。当時は民主党が多数を占め、公明、共産、社民各党で主張の振れ幅は想定できた。
しかし、今回は立憲、維新、れいわなど多党化し、国民民主、参政党が票を伸ばした。自民が相対的にレフトにずれた感がある。自民内の誰が総裁になるかによって、国会のバランスが右に大きく揺れかねない。今は石破自民党がむしろ国会のかじ取りを担うべきではないだろうか。
もう一つは参政党に見る熱狂的な支持者のこと。同党の党首や候補者の発言に誤りがあり、マスコミなどでファクトチェックが盛んに行なわれた。また外国人に対する排外的発言や差別を招くような発言もあり、SNSで拡散され、これを批判する人たちも演説の場に集まった。政党は政治的主張を実現するための団体だから、見極めを誤った熱狂的支持は歴史の轍を踏むことになる。注意を払うべきは、「正しいこと」を言うだけではなく、「難しさ」自体に漠然とした嫌悪や忌避感を覚える人たち、仕事や暮らしが大変で考える暇のない人たちに対して、どう伝えていくかである。