(社会新報7月18日号1面)
東京五輪・パラリンピック(2021年)のスポンサー選定をめぐる贈賄容疑で逮捕・起訴された出版大手「KADOKAWA」の元会長・角川歴彦(つぐひこ)さん(80歳)が6月27日、同容疑を否認し続けたために非人道的な「人質司法」(メモ)の被害を受けたとして、東京地裁に2億2000万円の賠償を求めて国を提訴した。
否認なら保釈しない
地裁への提訴後、角川さん(原告)と弁護団は都内で記者会見を行なった。
弁護団によると、訴訟に至る経緯は次のとおり。
▽原告は東京地検特捜部から五輪汚職に関する任意聴取を2回受けた後、22年9月、メディアの代表取材に応じて贈賄の事実を否定。その9日後に贈賄容疑で逮捕され、東京拘置所の独居房に収容された。
▽原告は逮捕当時79歳で、不整脈など心臓に持病があり、2ヵ月後に大学病院での手術を控えていた。だが、検察官も裁判官も勾留取り消し請求を退け、検察は21日間連続で取り調べて起訴した。
▽原告は起訴後も勾留され続け、幾度も意識を失うなど健康状態が悪化した。房内の寒さも一因となった。弁護士が繰り返し保釈請求するも、検察官も裁判官も保釈を認めなかった。
▽原告は勾留中、心臓手術前検査などのため一時的に外部病院へ移送は認められたが、ほとんどの期間は拘置所内の劣悪かつ簡素な医療しか受けられなかった。
▽原告は死の縁(ふち)に立ちつつも、供述調書に一切サインしなかった。
▽だが原告の健康状態の深刻化のため、弁護団は多くの検察官請求証拠の証拠調べに同意した。結果、4度目の保釈請求が条件付きで認められ、昨年4月に保釈された。逮捕からの拘束は226日間に及んだ。
これは公共訴訟だ
訴状では、「人質司法」は憲法と(日本の法律より上位にある)国際人道法で保障された「人身の自由」や「推定無罪の原則」「防御権」などを侵害していると訴えた。
具体的には、原告による罪証隠滅や逃亡の蓋然(がいぜん)性は乏しく、高齢で心疾患等の持病があるにもかかわらず、検察官も裁判官も度重なる保釈請求を認めなかったのは、原告が否認し続けたためとした。
また、検察官は起訴段階で公訴のための十分な証拠を収集しているはずで、「罪証隠滅の余地」は相当に減少していた、とも指摘。
記者会見で角川さんは重い口を開き、「私はこの裁判を『人権訴訟』だと考えている。拘置所や警察の留置所に被疑者として拘束された人たちは皆、同じような経験をしたはずだ」と語った。
その上で、後に「事実無根でえん罪」と判明した大川原化工機事件で20年3月に外為法違反容疑で警視庁公安部に逮捕され、東京拘置所に約11ヵ月間も身柄拘束された同社顧問(当時)の相嶋静夫さん(享年72歳)の例を挙げた。
相嶋さんは勾留中に進行胃がんと診断されたものの、8度の保釈請求を全て却下され、適切な医療を受けられずに死亡した。
角川さんは「私と同じような経験をした相嶋さんを思うと、胸が張り裂けそうになる。私には事実を話す義務がある」と語った。
日本は人権後進国
この訴訟の弁護団に加わった9人の弁護士も、それぞれの思いを語った。
主任代理人で元裁判官の村山浩昭弁護士は、「この裁判は憲法や国際的な人権条項に照らして日本の刑事司法の実情がどうなのかを正面から問う、これまでにないものだ」と語った。
海渡雄一弁護士は、国連の人権理事会・恣意(しい)的拘禁ワーキンググループにも申立てを行なったことを報告し、「角川さんの訴えを国内と国際の両面で実現させたい」と語った。
弘中惇一郎弁護士は、「検察は被疑者がメディアの前で『無実だ』と語るのを嫌う。だから、角川さんは逮捕された」と語った。検察はそうした言動に勇気を得た人が法廷で真実を語るのを警戒しているという。
業務上横領容疑で19年に大阪地検特捜部に逮捕されて248日間にわたり身体拘束され、最終的に無罪が確定した不動産会社元代表取締役の山岸忍さんも、会見に駆けつけた。
山岸さんは自身と角川さんの体験を踏まえ、「検察官は人質司法制度を思いっきり悪用する」とし、その意見書を簡単に受け入れる裁判所にも大きな問題があると指摘した。
メモ 【人質司法】刑事手続きで無罪を主張して事実を否認または黙秘した被疑者や被告人ほど身体拘束が認められやすく、釈放(保釈を含む)が困難になる実務運用。
これまで多くの検察官や裁判所が刑事手続法における身体拘束の要件である「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」や「逃亡すると疑うに足りる相当な理由」について、憲法や国際人権法に反する解釈運用を平然と行ない、軽々しく身体拘束を認めてきた。そのため、世界中から「日本は人権後進国だ」などと批判が相次いでいる。