(8月7日号より)
7月26日に原水禁世界大会福島大会が今年も開催された。2011年3月11日に起きた東京電力福島第1原発の過酷事故から14年経った今年の福島大会であった。
この大会で原水禁中央の金子哲夫・共同議長が講演の中で触れたが、原水禁が原子力発電を含む核の“絶対否定”を打ち出したのは、1971年の世界大会でのことだった。68年の原潜・エンタープライズ寄港に反対する声が高まる中、69年には新潟県柏崎市で「反原発全国活動者会議」が開催されている。
その世界大会で、新潟県原水禁の山崎一三さん(社民党新潟県連前副代表)が「原潜に積載されている原発に反対するならば、日本各地の原発にも反対しなければならないのでは」と鋭い発言をした。原水禁の原発への対応は当時、まだまだ学習段階であったので、衝撃的だった。この発言を一つの契機として、71年以降、「反原発」が原水禁運動の中核的課題として位置付けられるようになった。
以後、各地で粘り強く反原発運動が闘われる中、関西電力は参院選直後の7月22日、原発の新設に向け、美浜原発(福井県美浜町)での地質調査再開を表明した。この関電の動きを後押ししたのは、紛れもなく2022年の岸田前首相による「原発の最大限活用」方針であり、これを引き継いだ石破政権の、「依存度低減」の文字が消えたエネルギー基本計画である。
この新設の方針表明に対し、報道によれば関電関係者は「いよいよ再開の時が来たかと気が引き締まる」と意気込んでいる。美浜町も歓迎ムードで、ある町議は「町としては念願。住民も高齢化しており、早く建設着手してほしい」とまで言っている。福島原発事故から14年経っても、いまだにふるさとへ帰れない人たちがいることは、全く眼中にないようだ。
今後もし新設することになった場合は、三菱重工業と関電など電力4社が共同開発中の新型原発「SRZー1200」が有力だ。既存の加圧水型原発をベースに、事故時に自動的に注水できる装置や、溶融した核燃料を受け止めるコアキャッチャーを備え、「革新軽水炉」と呼ばれているものだ。しかし、原子力規制委員会・山中委員長が「名前は革新炉だが本質的には既存原発の改良型」と言うように、原発の持つ危険性に何ら変わりはない。関電はまさに歴史に逆行し、人々を不安に陥らせている。