左から海渡弁護士、井原名誉教授、纐纈名誉教授。経済安保法の危険性を指摘した(10月3日、参院議員会館)
(社会新報10月19日号1面より)
今年5月に成立した経済安保法は「軍事研究推進法」「現代の国家総動員法」ともいわれ、安全保障を名目とした企業活動への過度な規制、学術研究の軍事化、市民監視の強化など、さまざまな懸念を抱かせるものだ。3日、参院議員会館で、「経済安保法に異義ありキャンペーン」「デジタル監視社会に反対する法律家ネットワーク」による集会が行なわれ、同法の危うさを識者らが訴えた。
スパイ防止法の危険性
山口大学名誉教授の纐纈厚さんは、「経済安保法にスパイ防止法のようなものを入れ込む」と高市早苗・経済安保担当相が発言していることを懸念。歴史的観点からスパイ防止法の危険性を説いた。
「戦前、日本が軍事国家化していくプロセスの中で、ハード面では軍装備を拡大し、ソフト面では、法整備が表裏一体で行なわれた。軍事国家となるには、自由な発言や運動、自由なメディアを抑圧する法整備が不可欠であった。1899年に軍事機密の漏えいを処罰する軍機保護法が公布された。権力を監視するメディアに対しても、新聞紙印行条例をはじめとして、いくつもの規制が相次いだ。出版条例で、自由な出版ができなくなり、許可制となった。これによってメディアが自己検閲するようになった。現在においても日本のメディアは自主規制がある程度、慣習化しているのではと感じる」
さらに纐纈さんは、「1936年に改正軍機保護法が成立すると、何でもかんでも『軍機』という枠組みに押し込んで処分していくようになった。その翌年に起きたのが日中戦争の契機となった盧溝橋事件だ」と述べた。
1941年に成立した国防保安法は「スパイ防止法の原型」だと纐纈さんは指摘。「権力側が勝手に決めた『国家機密』を漏らせば、最高刑は死刑。高市氏が経済安保法に追加しようとしているスパイ防止法も同じレベルのものを目指しているのではないか」と警鐘を鳴らした。
国家が個人情報を収集
続いて、井原聰・東北大学名誉教授が経済安保法で導入が検討される身上調査「セキュリティクリアランス(SC)」の問題点について解説した。井原さんは、「米国では、SCが、もはや『職業の資格』になっている」と指摘。「この資格を取るために、国防カウンターインテリジェンス保全庁の一元的で広範な身辺調査を受けなくてはならない」という。テロ等への関与や外国との関係、犯罪歴や民事訴訟、精神の健康状態、本人だけでなく家族や知人等の情報等が調査対象となる。井原さんは「機密に関わる研究者は身上調査の対象になる。例えば原爆開発のマンハッタン計画では、どこの図書館でどんな本を読んだかまで調査対象となった」と語り、国家が個人の情報収集をするという問題を指摘した。
また、井原さんは、経済安保法で機密研究を扱う官民伴走の協議会が検討されていることについて、「研究者の中には飛びついてしまう者もいるかもしれない」と、軍事研究が推進される可能性を懸念した。
大川原化工機事件のでっちあげ
海渡雄一弁護士は、「経済安保法はサプライチェーン強化、基幹インフラの安全確保、官民による先端技術開発、特許の非公開の4本柱で構成されている。重要なことは国会で定めるべきだと野党側が質問しても、与党側は『現時点で予断を持って言及することは避けたい』と開き直り、説明しない。法の運用は国会を通さない政省令に委任され、その数は138にも及ぶ」と指摘した。
経済安保法は、情報漏えいなどに対し2年以下の懲役や100万円以下の罰金を科すとしている。海渡さんは、「軍事に転用可能というレッテル張りをすれば、あらゆる技術が『秘密』にされかねず、すでに大川原化工機事件のような冤罪が起きている」と懸念した。大川原化工機事件とは、同社が中国に輸出した噴霧乾燥機が「生物兵器製造が可能」だとして、同社の役員らを逮捕、11ヵ月も勾留したもの。その後、検察は起訴を取り下げたが、「勾留中に亡くなった人もいた。こうしたことが中国と取引している企業のどこでもあり得る」と海渡さんは訴えた。
野党国会議員らも集会に参加し、発言した。社民党の福島みずほ党首は「軍事研究と学術研究が混在しながら、軍拡が進むことに危機感を抱いている」「軍需産業が巨大になればなるほど、原発がそうであるように、産業構造や政策の転換ができなくなり、戦争を望む国となってしまう」と述べ、「今ならまだ間に合う。国会の中で頑張っていきたい」との決意を語った。
(メモ)【経済安保法】今年5月に成立した「経済安全保障推進法」のこと。岸田政権の目玉政策の一つで、①サプライチェーン(供給網)の強じん化②基幹インフラの安全性・信頼性の確保③先端的な技術分野の官民協力④特許の非公開制度 の4本の柱からなる。今年8月から一部施行。情報漏えいに罰則も科す。同法の本質は、先端技術分野などで急成長を遂げた中国に対して、米国が自らの覇権を維持するため中国排除の政策を徹底し、日本を追随させるものと指摘される。