12月5日、自民党と日本維新の会は衆議院の現行定数を465議席から約1割削減する法案を国会に提出した。削減方法等は衆議院の与野党協議会で検討するものの、法施行から1年以内に結論が得られない場合は、現行の定数465の約1割(小選挙区25、比例区20)を自動的に削減するという異例の内容だ。
国民の代表である国会議員をどのように選ぶかは、議会制民主主義の根幹の問題だ。熟議を重ね、与野党を含む幅広い合意を前提とする必要がある。今回の自維法案は、与党間の議論すらほとんどないまま、自民が維新の要求を丸呑みした内容だ。期限内に合意でなければ、問答無用で「自動削減」と、議論する前からゴールを決めるような条項はあまりにも乱暴だ。絶対に許してはならない。
政治家の「カネ」に関わる不祥事や、物価高による市民生活の厳しさを背景に、議員定数削減に一定の支持があるようにも見える。自民党の金権体質を見れば、政治家への不信感が生じるのはむしろ当然だ。しかし議員定数削減が、政治家が「身を切る」ことになるとは限らない。本来行なわなければならないのは、「政治とカネ」の問題、具体的には企業・団体献金の抜本規制であり、維新のいう「身を切る改革」とは、企業・団体献金見直しの棚上げから目をそらし、同時に小政党を圧迫しようとしているにすぎないのである。
そもそも日本の国会議員定数は100万人当たり5・6人、OECD(経済協力開発機構)加盟38ヵ国中36番目だ。英国の4分の1程度であり、G7の中では2番目に少ない。1986年に512人だった衆議院の議員定数は、小選挙区比例代表並立制の導入(96年)などを経て、すでに47減っている。これ以上の削減は、国民の多様な声が国会に届きづらくなるだけである。
議員の数が減っても政治とカネの不祥事はなくならず、総額が変わらない政党助成金は議員1人当たりでかえって増える。一方で、人口減少が進む地方の声やマイノリティーの声が国会に届きづらくなる。定数削減で切られるのは、「政治家の身」よりも「民意」そのものである。
維新の「身を切る改革」が、政治家が「身を切る」ポーズを見せながら、社会保障や行政サービスを削って国民に痛みを押しつける口実であることは明らかだ。だまされてはいけない。(12月18日号の主張より)