「靖国問題から考察する戦争の記憶」内田雅敏弁護士講演より

靖国神社の中門鳥居と拝殿。(東京・九段北)
よみがえる「聖戦史観」と戦死者への「顕彰」機能
フォーラム平和・人権・環境などは7月31日、連合会館で、敗戦80年企画第3回として、「靖国問題から考察する戦争の記憶」と題して弁護士の内田雅敏さんが講演した。内田さんは、今回の集会を共催する戦争させない1000人委員会の事務局長。講演要旨は次のとおり(文責は編集部)。
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昨年から、自衛隊と靖国神社、特にその「大東亜戦争史観」との関係が公然化している。琉球諸島の軍事化を契機とした動きだ。
元陸上幕僚長の火箱芳文氏は2023年7月に靖国神社の「崇敬者総代」に就任した人物。『毎日新聞』(6月16日付)の取材に対して「旧軍人は靖国にまつられる名誉や勲章があったが今は何もない。自衛隊はただの便利屋ではない。有事になれば何万人も犠牲者が出る。国家の追悼施設として靖国にまつられることが最高の名誉になるのではないか」と話している。
兵士の再生産装置
「戦没者への追悼」はどこの国でもやっており、靖国参拝も同じではないかという声を聞くことがある。問題は戦没者への追悼そのものではなく、靖国という場にある。
中国政府や韓国政府は、靖国参拝は批判するが、日本武道館で行なわれる全国戦没者追悼式を批判することはない。また、伊勢神宮参拝を批判することもない。それが信教の自由の観点から問題だとしても、国内問題にすぎないからだ。
靖国神社は聖戦史観を掲げている。大東亜戦争史観、植民地解放史観と言ってもよい。また、A級戦犯を合祀している。この二つが問題なのだ。
いくら批判されても、靖国神社は、A級戦犯を分祀することはできないだろう。分祀したら靖国でなくなる。また聖戦史観は靖国の核心であって、これも放棄するわけにはいかない。なぜか。それは靖国が追悼施設ではなく、戦死者・戦病死者を「顕彰」する施設であり、兵士の再生産を図る装置であるからだ。国のために戦死することを最大の栄誉としてまつるシステムとして機能してきた。
軍拡の現状を憂う
自民党の憲法改正草案は、前文から平和的生存権を削除し、9条に国防軍設置を明記し、国民に「誇りと気概を持って自ら領土を守る」義務を課すなど、国防への国民の動員につながる改正を目指している。
2013年、安倍首相は突如、靖国を参拝した。近隣諸国はもちろん、米国も激怒し、「日本が過去への反省と平和に対する責任の再確認を表明するか注視している」と表明した。
この米国の怒りを吹き飛ばしたのが日米同盟の強化であり、専守防衛という戦後日本の政策を根底から覆させた集団的自衛権行使容認の閣議決定だ。
国会で議論せずに閣議決定で進めるこの手法は、岸田政権でも2022年12月の安保3文書の改定において用いられた。そして現在、敵基地攻撃能力保有や、米国からの武器の爆買いなどが進められている。
靖国参拝は国益に反するだけでなく、憲法前文に「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意した」とある「国是」に反する。靖国参拝反対の声を上げ続けよう。