(社会新報12月5日号2面より)
11月17日に投開票された出直しの兵庫県知事選で、さまざまな疑惑を抱える斎藤元彦氏が、本命視されていた稲村和美氏を破って再選した。
巧みな疑惑すり替え
逆転劇の大きな要因に、N党・立花孝志氏の出馬がある。「当選を目的としない」という奇妙な立候補をした立花氏は、SNSで、知事のパワハラ疑惑と公益通報者保護法違反の本筋の問題を、自死した元西播磨県民局長(以下、元局長)の「県政転覆計画」「不倫」疑惑に巧みにすり替え、情報を拡散した。
さらに立花氏は百条委員会委員長の奥谷謙一県議がマスコミに圧力をかけて元局長の疑惑を隠ぺいしたといったデマを拡散。奥谷委員長は11月22日、立花氏を名誉毀損(きそん)で刑事告訴した。また、斎藤知事がSNS戦略の企画立案をPR会社merchuの折田楓氏に委託した件で買収疑惑が急浮上し、知事は窮地に立たされている。
問題の発端は、元局長が今年3月中旬、斎藤知事の職員へのパワハラやプロ野球の阪神・オリックス優勝パレードをめぐる不正、贈答品「おねだり」など7項目の疑惑を告発した4枚の文書を作成し、マスコミや県議などに配布したこと。
斎藤知事は3月21日、告発文の作成者探しを片山安孝副知事に指示。同25日、片山副知事らは元局長の公用パソコンを回収し、文書の作成者が元局長と断定。知事は同27日の会見で同文書の内容を「うそ八百」と非難し、「公務員にあるまじき行為」と決めつけ、同日、元局長を解任した。元局長は4月に県の公益通報窓口にも通報した。井ノ本知明・前総務部長は知事に対して元局長の処分は公益通報の調査を待つよう進言したが、知事は処分の前倒しを指示した。その結果、5月7日に元局長を停職3カ月の懲戒処分にした。7月7日、元局長は自死した。知事が事実上、死に追いやったといえる。
知事は告発文書を「うわさ話を集めたもので真実性に欠けるため、公益通報ではない」と主張したが、そもそも真実性の有無は被告発者が判断すべきことではない。第三者機関など当事者の影響力を排した体制をつくり判断すべき。9月5日、兵庫県議会が設置した百条委員会で、参考人の奥山俊宏・上智大学教授は、報道機関への文書送付は外部公益通報に当たると指摘し、「知事らの振る舞いは公益通報者保護法に違反する」と断じた。
知事不信任決議が9月19日に県議全員の賛成で可決され、知事は議会解散を選ばず、同30日に失職した。
公益通報への無理解
問題の本筋は、知事らが公益通報者保護制度を理解していなかったことにある。2006年施行の公益通報者保護法は、法令違反の発生や被害拡大を防ぐことを目的に、公益のために通報した労働者などを不利益な取り扱いから保護するための法律である。22年施行の改正公益通報者保護法では、従業員が300人を超えるすべての事業者に公益通報対応の整備を義務付けた。
公益通報には、1号通報(内部通報)、2号通報(規制行政への通報)、3号通報(報道機関などへの通報)の3類型があり、いずれの公益通報も告発者探しが禁止されている。元局長の場合、3号通報に該当する。公益通報に該当しなくても、公益通報に準じる正当な内部告発も、告発者を不利益に扱うことは違法だ。通報者を探索し、事実上、死に追い込んだ知事の法的・道義的責任は極めて重い。