(社会新報2022年5月25日号1面より)
フリージャーナリストの志葉玲さん(46)がこの4月、ロシア軍が侵攻したウクライナの現地を取材し、その報告を本紙に寄せた。一般市民を無差別に攻撃するロシア軍の蛮行を目の当たりにし、非戦の憲法9条の重要性をあらためて痛感するとともに、ウクライナ危機に便乗した「火事場泥棒」的な改憲論に憤りを感じると語る。戦禍の現地レポートを掲載する。
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独裁者の暴走によるでたらめな暴力――。ウクライナでの戦争被害を取材しての実感だ。ロシアのプーチン大統領は今年2月24日の演説で、「特別軍事作戦」を開始した理由の一つとして「ウクライナ政府からロシア系の住民を守るため」と主張した。だが、ロシア語を話す住民が多く、戦争以前は親ロシア感情が強かったウクライナ東部の大都市ハルキウ(ハリコフ)に対しても、ロシア軍はロケット弾や砲弾の雨を降らせている。
ハルキウ取材中に爆撃
実際、私も取材中、その攻撃を目の当たりにした。カフェのテラス席でウクライナ軍に入隊した志願兵にインタビューしていたところ、上空から「ヒューン」という風切り音が聞こえてきたと思うと、「ドーン、ドーン」とすさまじい爆発音が連続でとどろいた。攻撃が途切れた合間に、なんとか近くのシェルターへ避難したが、かなり危機的な状況だった。これが、戦争が始まって以来、ハルキウの人々が毎日直面していることなのだ。
地元の消防本部の広報は、私の取材に対し、「何度攻撃を受けたか、もはや数え切れない。とにかく毎日だ。ハルキウにはどこにも安全なところはない」と語った。実際、私が取材している間、市内18ヵ所が攻撃された日もあった。特に街の中心から10㌔ほど北の地域は激しい攻撃を受けており、一般市民の住宅や学校も破壊されている。そのため住民たちは、シェルターとして活用されている地下鉄構内で避難生活を続けている。
取材に応じてくれた避難者の一人、クリスティーナさん(32)は「ロシア軍の攻撃で、私の家の窓やバルコニーも壊れ、近所の家は全壊しました。水も電気も止まってしまったので、ここに逃げてきました」と話す。本来、戦争であっても攻撃対象は兵士や軍事施設のみに限られると、ジュネーブ条約等の国際人道法では規定されている。だが、ロシア軍の攻撃はむしろ市民を標的にしているかのようにも感じられた。
ブチャで市民らを射殺
首都キーウから北西に25㌔にある都市ブチャでは、ロシア軍がキーウ周辺から撤退した後、多数の遺体が発見され、国際社会に衝撃を与えた。ロシア側は「われわれの軍が撤退した後、ウクライナ側が演出した自作自演」と主張するが、私の取材にブチャの住民たちが口々に語ったのは、攻撃で電気やガス、水道が断たれ、とりわけ水を求めて屋外に出た際に、ロシア軍に狙い撃ちにされたということだった。取材に応じた住民の男性(匿名希望)は「水を探しに行く時は本当に命がけでした」と語る。「何度、ロシア軍兵士が撃ってきたか。私の身体を銃弾がかすめていったこともありました」。彼が幸いにも生き延びたのは、奇跡と言えるだろう。アレキサンドルさん(30)の父親、ワシリーさん(60)も、やはり、水を探しに外に出たところ、ロシア軍兵士に射殺された。「なぜ、父は殺されたのか。理由なんかありません。ただ、そこにいたからです」。そう言うと、アレキサンドルさんはこらえていた涙を拭った。
非戦9条が世界に必要
ウクライナでの取材を通して、私があらためて感じたのは、憲法9条の重要性だ。この戦争に乗じて「もし攻め込まれたらどうするのだ?」と改憲をあおる政治家やメディア関係者も少なからずいるが、むしろ逆である。プーチン大統領のような権力者の暴走を止めるためにも、各国に9条のような歯止めが必要なのだ。今やるべきことは、とにかくロシアに国際的な圧力をかけつつ、停戦の糸口をつかむことであるが、国連憲章違反の侵略戦争を行なったロシアが国際社会に復帰する条件として、同国に9条のような非戦の法を導入することを、日本として提案すべきだろう。同時に、やはり国連憲章違反のイラク戦争を強行した米国を含め、世界の国々に9条を広げていくことが、これからの国際社会の秩序のために必要なのだ。
↑ウクライナの都市ハルキウで、建物がロシア軍の攻撃を受けて炎上(4月、撮影・提供は全て志葉さん)。
↑ハルキウの中心部には破壊されたビルが多くみられた。
↑避難先のハルキウ地下鉄構内でクリスティーナさん(右)
↑都市ブチャで発見された遺体とその遺族。
↑フリーランスジャーナリストの志葉玲さん。
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